巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

ningaikyou75

人外境(にんがいきょう)(明文館書店 発行より)(転載禁止)

アドルフ・ペロー 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

アドルフ・ペローの「黒きビーナス」の訳です。

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         第七十五回 魔雲坐王に謁見

 既にして一夜は明け、愈々(いよい)よ魔雲坐王に謁すべき朝となった。此の面会は非常に大事である。王を怒らしては成らないし、疑わせては成らない。だからと云って侮られては猶更不都合なので、何が何でも王に好意と尊敬の念とを、起こさせなければ成らない。之を為すには第一に此の一行にも、王に劣らない主君がある様に見せ掛けるのが好いと思われる。

 芽蘭夫人こそは一行の君主にも均しいけれど、女の君主と云っては幅が利かないので、平洲か茂林の中からと云う事に決し、平洲は自ら茂林に譲って、茂林が乃(すなわ)ち君主の役を務める事となった。

 第二には野蛮人の常として、目を射る様な華美(はなや)かな色を貴ぶとの事なので、一行は為るべく異(かわ)った色の衣を着するのが好いだろうと言うことになり、皆が荒い縞の服に金光りの燦爛(さんらん)とした太きな釦(ボタン)を附け、目を眩ませる様な打扮(いでたち)をした中にあって、

 下僕與助だけは、黒い給仕服の外に持ち合わせが無いので、若し自分だけ侮られては、誰より先に貪り喰われるのではないかと、落胆して怖恐(おぢおそ)れるているので、此の土地はそれほどの喰人種では無いので大丈夫だと説き諭して安心させた。

 唯だ独り非常に淡泊な水色の服を着て、天女の様に見えたのは、芽蘭(ゲラン)夫人である。緋繻子(ひじゅす)の燃える様な着物を着た帆浦女と並んで実に仙凡の違いである。
 そこで一行は仮の君主、茂林を先に立て、王宮に入ると、宮中の式部長官であるに違いない、腰に獣皮を纏(まとっ)た者の外は、丸裸な黒人数人が同僚を連れて出で迎え、先ず一行を後宮に通した。

 後で聞けば後宮に通す事は最上の儀礼だと言う。ここには王の妻妾が、数えられないほど並んで立ッて居て、口々に何やら細語(ささや)き、一同を眺める様は物凄い程なので、如何に野蛮の王とは云え、この様に大勢の妻妾を何するのかと聞くと、名澤の説明には、是れは現王の妻妾だけでは無く、既に死んだ前王の未亡人達も此の王の物と為り、且つは又戦争などの後で論功行賞の場合に、女を勇士に与える習慣なので、国中の美しい女を、手当たり次第集めて来て蓄えて置くのだと云う。

 王宮は全て泥を練り固めた幾棟かの小屋から成り、小屋と小屋との間は屋根を葺(ふ)いた廊下で繋がっている。一同は暫く後宮で待機して居る間に、王から面会の用意が整ったと連絡して来たので、又式部長の案内に従い、二三の廊下を通り奥まった一室に行くと、王は年四十歳ばかりにして、野蛮人には珍しいほど格好の好い容貌を備え、室の正面に寛(ゆるや)かに坐を構えて居た。

 文明国の織物で作った寛袖(ひろきそで)の様な服を纏(まと)って居た。是れは或いは芽蘭男爵が持って来て贈ったものでは無いだろうかと、夫人は第一に心を動かし、更に良く見ると、その左右に硝子(ガラス)の鏡も有り、陶器の小皿も有り、夫人が益々怪しむのを平洲はそれと見て、

 「イヤあの品物は総てドイツ人シュウエインハース氏が贈ったのです。氏の旅行記に出て居ます。何でも宮中の宝物を残らず並べて、王が自分の富を誇り示すのでしょう。」
と細語(ささや)くと、夫人も初めて安心し、仮の君主茂林を第一に順に設けの席に着いた。

 王は容易に口を開かず、充分な威厳を持して暫く一同を見廻していたが、芽蘭夫人の美しさは野蛮人の眼にも写ったと見え、誰れよりも長く夫人を見ていたが、夫人の次に坐す帆浦女は、自分の事と思ったのか、頻(しき)りに衣服を繕(つくろ)い始めた。

 やがて王は横手の皿に盛った果実(くだもの)を取り、皮ぐるみに喰(くら)ってその口を濡(うるお)した上、席の末に恐る恐る控えている與助に指差し、何やら言い出した。與助はさては自分が第一に喰われる時が来たかと、色を変えて戦くと、老兵名澤は王の言葉を訳し、

 「白人の君主、ここへ来たれ。」
と通訳した。茂林は威儀を糺(ただ)し、
 「彼は君主では無い。君主は我なり。彼は僕である。」
と云う。王は直ちに、
 「否、彼は君主である。先にシュウエインハースと云う白人が来た。彼れと同じく白い襟、黒い服を着て居て、是が白人国での君主の服であると云った。」
と推し返した。

 さてはシュ氏、自ら黒い服を着け、方便の為その様に云った者と見える。名澤が此の語を訳し終わるや、與助は忽(たちま)ち安心し、勇気百倍となって、
 「では私が君主を勤めましょうか。」
と云う。

 茂林は目で叱りながら、又王に向かい、
 「白人国にも幾多の領分がある。狭い領土の君主は黒服を着け、広い領土の君主は我れの様な美服を着る。」
と言い開いた。

 此の王は黒人中では勇気が最も優れているのみか、脳髄も又最も優れ、良く他の黒人が理解出来ない事柄をも理解し得ると、シュ氏の紀行に記して有った。如何にも黒人中の知者と見え、暫し考えて茂林の言い開きを納得する事が出来た様に、今度は茂林に向かい、

 「此の一行は何の目的で遥々我が領地へ来たのか。」
 茂林は既に何度もその働きで示した様に、頓智敏才の人なので、少しも澱(よど)まず、
 「吾等はシュ氏から御身が慈悲深いとの噂を聞き、御身を見る為に来た。シュ氏は極めて御身を親切な王であると云い、人々皆な御身を慕って居ると噂した。」

 王は喜びの色を顔に溢れさせたが、又暫し考えて、
 「然し我れは、彼の人の願いを拒んだ。彼人は此の国を通って更に南へ行きたいと云ったが、我が許さなかった為め、仕方無く北へ帰った。」
 茂林は附け入って、

 「そうです、シュ氏はアブデス、サメートと云う象牙商人を同道して居たが為め、御身は彼の象牙商人が、此の国と商売の取引を初める事を恐れ、国の為に拒んだのでしょう。吾等の一行はそもそも商人では有りません。少しも此の国の不利益と為る恐れは有りませんので、御身はきっと吾々の南行を拒まないでしょう。」

 兎に角も此の王から、南行の許しを得て置く事がどうしても必要なので、機会に乗じてこの様に云ったのだ。王は目を開き、
 「我れに逢う目的で此の国に来たと云う此の一行が、既に我に逢った上は、南に行く必要は無い。北に帰るべき筈ではないのか。」
と非常に鋭く問掛けた。



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