巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

ningaikyou93

人外境(にんがいきょう)(明文館書店 発行より)(転載禁止)

アドルフ・ペロー 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

アドルフ・ペローの「黒きビーナス」の訳です。

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       第九十三回 ピグミーを愚弄する與助

 昔から言い伝えられたアフリカの小人は、総称して「ピグミー」と云う。「ピグミー」の名は聞いたことがあるが、其の実を見た人が無いので、果たして一寸法師なのか否や、果たして寺森医師の云う様に、衣嚢(かくし)《ポケット》の中に数十人を詰め込んで帰られる程小形なのか否や。

 兎に角其の小人洲(こびとじま)の境まで来たので、せめては一人でもその雛形を見てから行こうと云うことに決し、之をトングロに図ると彼は心得、然らば最も近い小人村を尋ねて、其の酋長を連れて来ようと云い、自ら一方の山を目指して走り去った。

 数時間を経た後、トングロは帰って来て、其の後から二十人ほど隊を為して進んで来る者を見ると、是れこそアフリカの小人であるに違いない。小人には相違無いが噂程には小さく無い。先ず其の形を記せば、背は三尺《90cm》から四尺(120cm)の間にして、頭は甚だ大きいけれど、顎に(あご)至って非常に細く、首は更に又細い。

 言い伝えには、羊の様に白い髭が膝まで垂れるなどと云うが、その様な事は無く、身体に毛は多いけれど、其の割合には鬚髯(しゅぜん)《ひげ》は少ない。手は文明国の貴婦人にも羨やましがられるほど細く優(ゆた)かで、しかもその長い事と言ったら、立って膝から更に下に達し、地に落ちた物を拾うにも、俯向(うつむ)くに及ばない程である。

 中でも最も目に立つのは其の腹部で、袋が満ちた様に膨れ、前の方へ突き出ているので、身体の重さは之が為に総体の釣り合いを失って見え、歩む様子は優美では無い。しかしながら山の穴木(うつろ)の蔭などに住み、獣と共に奔走する人種なので、其の短い足に非常な弾力を備えていると見え、トングロと並んで歩くとトングロより早い。

 是れは全く太古原人の人種が、少しも進化せずに後裔を残した者で、殆ど人と獣との間とも云えるもので、必ずしも此の土地に限った人種では無い。アフリカの西岸にも南岸にも、この様な種族の有る事は、仏人シャルーその他の旅行記にも見え、又マダガスカル島に遺(のこ)っている「キモス」人種も、ロートルと云う人の報じた「マチンバ」人種も、総て同じ種族と知られる。

 彼の「ピグミー」と云う称は、是等の人種がある事を聞き知って附した者に違いなく、今ここに来た小人は、「アツカ」山脈の一部に住む者なので、「アツカ」人種と称するのが適当である。此の人種の住む所は、即ち「アツカ」地方と名を附すべきだ。

 是等の小人は誠に用心深い性質と見え、数十間《数十m》離れた所まで来て容易には近づかない。しかしながら白人を見て、白人が是等の小人を見るよりも、もっと不思議なものを見る思いをしている様に、互いに指して何事をか語り合う様子なので、一同は之を懐(なつ)けようとして、トングロに持たせて様々の品物を与えると、漸く白人が恐ろしいものでは無い事を知ってか、一同の前まで進み出た。

 平洲と寺森はトングロと名澤とに通訳させ、其の酋長に向かい、様々な事を問うと、通訳でさえも充分には其の言葉を解す事が出来なかったが、不束(ふつつか)ながら訳す事が出来た所に由れば、此の人種は狩りを以って生活を繋ぐ者である。

 この様な小柄の身で良く獣物を捕える事が出来るのかと問うと、象狩りを為す事すら有ると云う。其の仕方は象が間近くまで追い掛けて来るのを待ち、アハヤ踏み躙(にじ)ろうとする間際に、小槍を其の眼に突き込み、身は象の頭に上って散々に悩まして殺すのだと云う。

 身体は小さい丈に大人(おおびと)も及ばないほど敏速(すばや)い働きをするものと見えた。
 此れ等の話が終ると共に、平洲、茂林は様々な品物を与えると、酋長は其の礼として勝軍の後で踊る踊りを見せようと云い、一同の小人と共に異様なる歌を歌い、躍(おど)りを始めたが、踊りの手は歌の拍子に従がって高く飛び上がるに在ると見え、四尺《120cm》に足りない身を以って凡そ五、六尺《150cmから180cm》も軽く空中に跳ね上がり、地に落ちては又跳ねる様、宛(あたか)も蚤(のみ)の飛びにも似ている。

 腹が膨れた身で、どうしてこの様に飛ぶことが出来るのだろうか。殆ど疑わしい程であるが、成るほど象狩りの話も満更の偽りでは無いと思われるが、やがて踊りの終わるのと同時に、彼等は何の挨拶もせず、又蚤の様に跳ね、山手を指して飛び帰ったので、平洲は遽(あわただ)しく残る二、三人を堰留(せきと)めて、

 「何故に急いで帰るのだ。」
と問うと、踊りの為め空腹になった故、食事に帰るのだと云う。空腹で幾里《十数km》の遠い彼方の山まで飛び帰ることは、非常に大儀なことなので、当方で馳走しようと云って、無理に此の三人を引き留め、之を賄いの方へ送ると、賄い方の大将である彼の與助は喜ぶことが並大抵では無い。

 小人の姿、衣嚢《ポケット》の中へ入れるほど、少(ちいさ)くないのには稍(や)や失望したけれど、其の飛び跳ねる様を見、且つは象狩りの話などを聞き、連れ帰って充分見世物を為すに足りると思ったので、独り微笑み、

 「好し、好し、旨(うま)い喰い物で飼い慣らし、パリの真ん中で象と角力(すもう)を取る見世物を興行して遣る。」
などと云い、或いは小人の手を捕え、或いは其の首を撫でるなど、犬の子を弄(もてあそ)ぶ様に為し、且つは我が身が、背が高く肉は肥えているのをを誇り示す様子だったが、如何に小人と云えど、食を得ずしてこの様に弄(もてあそ)ばれては有難くは思わないと見え、漸く不機嫌の色を示したのを、與助は益々面白い事に思い、

 「オヤお小人様がお怒り遊ばしたぞ」
などと云って打ち笑い、更に、
 「アアこの様な者へ芸を仕込むには、何でも腹が空いた時に限ると云う事だ。好し好し、充分仕込んで遣ろう」
と云い、肉切れを持って来て小人の鼻に付き附け、小人が口を開いて食おうとするや、忽ち高く取り上げて己が頭の上に見せびらかせ、

 「サアここまで飛び上がれ、飛び上がれ」
と云い、小人が益々腹立てたと見ると、
 「イヤ飛び上がる芸などは別に仕込まなくても、天性に備わっててい居るから、何か文明風の芸を教えなければならない。そうだ凱旋門を潜らせて遣ろう」
と云い、自ら小人の前に踏みはだかって股を開き、腰の後に手を廻して股の間から肉片を見せ、

 「サアサ、凱旋門を潜った、潜った。」
など節を付け、面白く囃子立てると、小人は此の嘲弄を解してか、あるいは空腹に耐えられない為か、忽ち身を躍らすと見る間も無く、早や與助の背に飛び付き、首筋まで這い上がり、肉袴(しゃつ)の上から痛く與助の肩に噛み付いた。

 是れこそ正(まさ)しく、彼等が象を捕える早業に違いない。



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