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黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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野の花(後篇)

トーマス・ハーデー著  黒岩涙香 訳 トシ口語訳

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ミセス・トーマス・ハーデー著  黒岩涙香 訳   トシ 口語訳

野の花

百二十五 「目出度し目出度し」

 澄子の物語はおよそ二時間ほどに渡った。自分が家出するまでのこと、家出して後の事、少しも隠さず、少しも飾らず、真に有ったままに打ち明けて、いわば夫冽の前に自分のありのままを並べてしまったのだ。唯一つ隠したのは、品子があの最後の一夜に薬瓶を盗みに来た一件だけである。

 冽も実に良く聞いた。裁判官が被告の陳述を聞くように聞いてしまった。勿論驚くことはたびたび驚いたが、聞き終わった時には全く眼が覚めた人のようであった。

 本当に澄子の今までは、決して過ちで無いとは言えない。しかも、随分小さくない過ちである。けれど、その過ちの出た言われ、因縁の良し悪しを明らかにして見れば、ただ自分が正直過ぎたと言うのに止まっている。

 誰が過ちとして澄子を叱ったり、憎んだり、咎めたりすることが出来るものか。ただ心が清すぎてこのようなことになったかと思えば、実に哀れまずには居られない。この濁った人ばかり多い今の世にはこの上も無く感心すべき女として褒めなければならない。

 語り終わって澄子は再び言った。
 「この上に何の申し訳も出来ませんからどうぞ充分な罰をお与えください」
と。その罰は冽の熱心なキスと感極まっての涙とであった。

 冽はやがて判決を下した。
 「そなたの振る舞いはいかにも過ちで、それがために容易ならない結果を引き起こした。けれど、その心が単に自分の身を苦しめ、そして私と良彦の為を思うことだけに有ったのだから、その心には少しも非難すべきところは無い。
 例えあったにしたところで、今までの艱難辛苦が即ち自然の罰というもので、立派にその罰に服したのだから、今はもう十分な償いが済んで、消えてしまった。」
と厳(おごそ)かに言い渡した。

 そして更に、
 「なおその元の元の良し悪しを明らかにして見れば、全くこの冽の不行き届きから出たことだ。第一の罪は冽にある。私の方こそ十分にそなたに詫び、そなたからの罰に服さなければならない。そしてその罰としては、今日以後そなたのためには、どのような苦しみも嫌だと言わず、決してそなたに、再び家出などの気を起こさせないようにするから、どうか幾久しく勘弁しておくれ。」

 これも全く後悔の意が現れている。双方がこの通り自分を責めていれば再び間違いの起こるはずは無い。ここに全く講和条約が成立して、夫冽、妻澄子、再び元の通りの夫婦にはなった。いや、元よりも更に硬い、全く再び離れようの無い夫婦にはなった。

 二人の心中の嬉しさはどのようであろう。筆には書けないから、読む人に察してもらう以外にない。二人は新婚の夫婦のように、手と手を取り合って睦まじく家に帰った。そしてこの夜、冽から、家の者一同を大広間に召し集め、この前古無比の思いもよらない出来事《椿事》を披露した。

 皆(但し、母御を除く)一度はびっくりしたが、冽のそばに少し決まり悪そうに、そして大いに嬉しそうに、笑み輝いている美しい顔を見て、驚きは喜びとなり、執事の音頭で万歳を三呼した。

 勿論喜ぶのはそのはずで有る。家内の者大概は澄子が初めてこの家に来た頃から居た人たちで、澄子がいかに優しかったかを、その美しい顔と共に覚えている。その後住み込んだ者とても河田夫人を尊敬信仰していない者は一人も居ない。

 第一に澄子の膝に飛びついたのは良彦である。
 「だから僕は河田夫人に阿母(おっか)さんの魂が宿っていると言ったのだ。どうしても阿母(おっか)さんに違いないと思っていた。」
と言って何度澄子と冽の間で小躍りしたか分らない。

 このような奇譚(きたん)が世に洩れないで終わるはずは無い。勿論隠したとしても隠し通せる事柄ではない。やがて英国は勿論のこと、大陸の新聞まで、このことを書き立てたが、どの新聞も冽のために、古今第一の貞女を得たと言って羨(うらや)み祝する意を示さないものは無い。

 既に品子が死んでから一年を経て、品子のことは大方忘れられているほどだから、冽の友人からは祝辞の電報や手紙が雨のように来る。遂に女王陛下から夫婦へ謁見を仰せ付けられるまでに至った。

 従って社交界からは招待状が、返事の出し切れないほどに来る。けれど澄子の望みで女王陛下にも謁見の延期を請い奉って置いて、夫婦で非常に質素に旅行した。

 その第一の行く先はイタリアであった。澄子の墓として立っていた墓標は早速浅原粂女のものに立て替えられた。粂女の霊も有り難く思うであろう。

 再びお目にはかからないと言って、かって冽と別れを告げた澄子の父、陶村時正も、旅行先から手紙で招かれ、冽の母御と一緒の船、一緒の車で、スイス山嶺の最も景色の好いホテルで、冽夫婦に追いついた。そして世間の噂の静まるに及び、一同静かに帰国したが、間もなく夫婦の方は謁見を遂げた。

 この時から早や数年経って、良彦の方は立派に中学、大学と卒業し、国会議員に当選して、日の出の政治家となり、既に同族の或る令嬢と結婚の約まで出来ている。

 品彦のほうは籍も澄子の子に直して、澄子がほとんど良彦よりも大事に育て、今中学に居るのだが、勿論弟だから相続は出来ないけれど、追って別家させるのだろう。

 この通りに冽も澄子も、イヤ一家一族、今はこの上も無い幸福な月日を送っている。記者ここに筆を止めて言う。
 「目出度し、目出度し」

 野の大尾(終わり)

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