巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

since 2016.4.17

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         (百七) 忘れ得ぬ鰐革の袋

        
 谷川弁護士は何の為に来たので有ろう。網守子は怪しみつつも、先ず自分の部屋に請じて、来意を聞くと、
 「イヤ大した用事でも有りませんが、今朝、丁度此の付近へ来る用事の有った所へ、貴女からの電話でした。其れで直ぐに上がると申したのです。先ず貴女の御用から伺いましょう。」

 網守子も自分の用事を先に話して了(しま)うがの好いと思い、
 「私は初鳥添子を解雇したいと思いますが、何うでしょう。其の理由・・・・・」
 谷「イヤ、理由は伺うに及びません。雇人は雇主の気に入らなければ成らないので、貴女が解雇したいとお思い成されば、其れが解雇の理由であります。」

 実に谷川氏は要領を得た人である。網守子は少し安心し、
 「ですが、代わりの付添人が無ければ。」
 谷「其れはそうです。付添人無しには。」
 網「其れで何うか貴方に、代わりの付添人を捜して頂き度い。」
 谷「心得ました。直ぐに有るか否かは分かりませんが、兎も角も直ぐに捜して、有り次第に伺わせる事に致しましょう。が、貴女の御用は其れだけですか。」

 網「ハイ、是れだけです。何うか貴方の御用を。」
 谷「今より五年前に、貴女の財産の幾分を、貴女のお名前で銀行へ預けました。其の中に、鰐革の袋のあった事をご存知でしょうか。もしお忘れならば、目録を見れば分かります。ここに写しが有りますから。」
と云い、鞄の中から書類を取り出そうとした。

 書類を見なくても、忘れる筈はない。寒村島を出た目的の中の一つは、彼の鰐皮の袋をば、古江田利八と言う者の子孫へ返したいという一念であった。其れで詳しく其の次第を谷川弁護士に語り、何うか其の子孫を尋ねて呉れと頼んで置いた。その後も常に網守子の心には、其のことが気に掛かって居る。

 「イイエ、目録など見なくても好く覚えて居ます。何時まで経っても忘れる事などは有りません。」
 谷川は重大な様子を現して、
 「あの時も申しましたが、今日私は貴女に向かい、同じご忠告を繰り返しますために参りました。あの鰐革の袋には、ご存知の通り、大財産と言うべき、希代のルビーが沢山入って居ますが、あれは全く貴女の財産で、誰にも譲る義務が無いのです。

 貴女の財産の保管を託されている此の谷川は、何しても貴女へ、他人に譲ることなどは、お止めなさいと申さねば成りません。」
 網「でも彼(あ)れは古江田利八の子孫へ、返さなければ成らないと、貴方へ呉れ呉れも申したでは有りませんか。」
 谷「法律上、少しも貴女に其の様な義務が無いのです。」
 網守子はたちまち合点の行った様に、

 「アア分かりました。愈々(いよい)よ古江田の子孫が見つかりましたね。其れだから貴方は、其の様な事を仰るのでしょう。」
と星を指した。





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