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島の娘 (扶桑堂 発行より)(転載禁止)
サー・ウォルター・ビサント作 黒岩涙香 訳 トシ 口語訳
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(百十八) 愈々利八の子孫
全く此の江南の祖母(おばあ)さんが、古江田利八の娘で有ったのだろうか。
「全く其れに相違は無いか。」
と念を押され、江南は怪訝な顔をして、
「何で貴方は、其の様な事をお尋ねです。」
谷川「イヤ、其の仔細は分かる時が来れば自然に分かるよ。今の所では、唯、君が古江田利八と云う者の、血統か否かを知り度いのだ。」
江南「其れは伝家の聖書を見れば分かりますよ。」
此の国の風俗では、家々に代々持ち伝える、大きな聖書が有って、其の表紙裏へ、代々の主人(あるじ)が、自ら自分の血統や、家族の生年月などを書き込んで置くので、聖書が即ち系図書きに成って居る。
谷「フム、聖書の表紙裏に書いて有るなら確かだ。」
江「其れも祖母さんの自筆です。炉の上の棚に在るから、持って来てみましょうか。」
谷「イヤ、其れには及ばない。僕の方の調べでも、其の通りだから、最早疑いを容れる余地は無い。シタが、其の祖母さんは、何時頃まで生きて居た。」
江「今から十三年前に死にました。私の十五の時でした。」
谷「では良く覚えて居るな。」
江「覚えて居ます。写真も有ります。」
谷「したが君は其の祖母さんから、何か古江田利八の事を聞かなかったか。」
江「折々聞いた事が有りますけれど、良くは覚えていません。」
谷川は考えながら、
「たとえば若い時に、印度へ出稼ぎに行ったと云う様な事を。」
江「其れも聞きましたが、株式仲買をして、大金を儲けたと云う事を良く聞きました。」
谷「印度で宝石などを買い集めて、帰国の途中で失ったとか、或いは難船で、痛(ひど)い目に逢ったとか云う様な話は、無かったのか。」
江「其の話は良く記憶してません。」
谷「何か古江田利八に関する書類でも、残っては居ないだろうか。」
江「何にも書類は残って居ません。」
谷川は口の中で、
「矢張り此の俺の思う通りだ。遺産として請求する権利などは微塵も無い。随意の贈与を受け取ると云う事に成るのだ。」
江南は先刻から谷川の言葉の様子を怪しんで居たが、益々疑いが募ったと見え、貴方のお言葉では、何か古江田利八が、財産でも残して有って、其の受け取り人でも捜して居るかと思はれますが、若しや此の私が其のーーーー。」
谷「イヤそう早まり給うな。此の様な事は、得てして糠喜びに成る者だ。僕は人を喜ばせる事は好きだけれど、愈々確実と分かる迄は決して当人に打ち明けない。」
江南は早や貪欲の眼に嬉しい様な光を浮かべ、
「そう仰ると益々私へ、何か転がり込んで来る物が有る様に思われますが。」
谷川はニコニコして、
「もう間違いは無いらしい。緒(いとぐち)だけを話して置こう。併し君に愈々手に入る迄は、決して当てにし給うなよ。」
と念を押して、何やら打ち明けそうな様子である。
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