巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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島の娘2    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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     (百三十四) 悪人はお互いだよ

 如何に添子は、擦枯(すれっか)らした女にもせよ、元は良家の娘である。今、自分から名乗って、詐欺生活を始めなければ成らない場合に成っては、身の不運を悲しまない訳には行かない。彼女は急に涙声と為り、

 「貴方、貴方」
 江「何だ。」
 添「貴方は裁判所を知って居ますか。」
 江「私は弁護士の資格もある。裁判所を知らいで何とする。」
 添子は忽ち江南に縋(すが)り付いて、

 「オオ恐ろしい。私はねえ、田舎の芝居に居る時に、虚栄に身を誤る婦人の役を勤めました。其の時に舞台監督の人から、丁度此の土地に、貴女の役に良く似た女の裁判が有るから、見てお置き成さいと言われ、傍聴に行ったのですよ。

 被告席には其の女と情夫とが立って居ました。女は虚栄心の為に堕落して、果ては情夫と共に詐欺を働いたと言うのです。見れば傍聴人も陪審員も、其の女を憎み賤しむ様な顔で、少しも慈悲の色が見えません。弁護士は二人でしたが、是も被告等に同情しないと見え、時々笑いながら密々(ヒソヒソ)話などするのです。」

 江「何だって今更其の様な昔話をするのだ。」
 添「イイエ、聞いて下さい。私は其れを見て恐ろしく成りました。虚栄心の募る女は、終に此の様な事に成るのか。人々の顔付きで、彼等が何れほど世間から賤(いや)しまれて居るかが分かると、こう思って見直すと、女の顔や姿が私に似て居ました。其の男も、気の所為(せい)か貴方に似て居る様に思います。私の傍に居る傍聴人は、悪人、悪人と囁き合いました。」

 江南は声を励まして、
 「何を詰まらない事を言うのだ。」
と叱った。けれど添子は愈々詐欺生活に入る間際に、急に良心の呵責を感じたのであろう。
 「オオ恐ろしい、恐ろしい、私は其の女と少しも違わない悪人ですよ。」

 この様に悔やませて置いては、折角の名案も行うこと出来ない様に成るかも知れぬ。江南はここで、大いに気を引き立てて遣らなければ成らないと思い、
 「今更その様に恐れることは無い。悪人はお互いだよ。お互いだよ。」

 こうまで力ある同情の言葉を聞いては、添子の気が又忽(たちま)ち引き立った。
 「オオ嬉しい。本当に悪人はお互いですねえ。貴方よう、若しも此の後、何の様な成り行きで裁判所へ送られる様な事に成ったとしても、決して私一人を公判廷へ出して下さるなよ。貴方も一緒に被告席へ立って下さいよ。」

 江「其の様な事に成る筈は無い。」
 添「でも万一成ったならばサ。」
 江「宜しいよ。」
 添「貴方が其の通りの覚悟なら、私はもう何の様な運命をも恐れません。是からは、旨い言葉や巧妙な掛け引きを種にして、出来るだけ名誉と利益とを欺き取ります。」

 江「其れにしても欺くの、偽(いつわ)るのと、人聞きの悪い言葉を用いないでお呉れ。」


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