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島の娘2 (扶桑堂 発行より)(転載禁止)
サー・ウォルター・ビサント作 黒岩涙香 訳 トシ 口語訳
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(百四十二)本統にーー本統だ
安く積もっても五十萬圓(現在の約五億円)、高く積もれば百萬圓にも成ろうと云う金目の品が、不意に自分へ転がり込むとは、人生の五十年にそう度々あることでは無い。イヤ度々どころか、只の一度でも、半分でも有って欲しいと云う人が多いけれど、残念な事には其れが無い。取分け其の品物が、自分を敵として、自分に仇ばかりする様に見えて居る人から与えられるとは、驚きの上の驚きである。
蛭田江南が容易に信じる事が出来ないように、繰り返して念を押すのも最もである。
谷川弁護士は説明した。
「そうだよ。本統に網守子が、五十萬以上の宝を本統に君に与えるのだよ。」
江南は喘ぐ様に呼吸(いき)を激(は)づませて居る。多分胸の中には動悸も高く打って居るであろう。
「其れは本統にーー本統ですか。」
谷「そうとも、本統に本統だ。先ア聞き給え、網守嬢は、此の宝が君の物に成るか誰のものに成るか、その様な事は知りもせず、気にも掛けない。唯だ何が何でも此の宝を、古江田利八の子孫に与え度いと云うのだ。」
江「成るほど」
谷「併し古江田利八の子孫と云った所で、今は幾人に成って居ることか。又何所何所に住んで居ることか皆無分からず、其れを一々捜すことも到底出来ない。」
江「成るほど」
江南は
「成るほど」「成るほど」
と感心して、而も熱心に聞いて居る。
谷「其れで子孫の中の一人を選んだ。何でも利八の長女は、結婚せずに死んだことが確実だから、次女の子孫の中で一番血統の近い者へ与えると云うことに極めた。」
「次女の子孫」
と聞いて、江南の顔は即座に青くなった。
「二女の子孫ですか。二女の子孫ですか。其れではーーー。」
と問い返す語も擦(かす)れて、後に声が出ない。
谷「そうさ、第二女の子孫の中で、一番の長子に当たる人へ与えるのが当然で有り、又網守嬢の決心なんだ。」
江「第二女の子孫ーーー其れではーーー。」
谷「其れでは君より外に無い。君は古江田利八の第二女竹子の嫡孫だから。」
江南は何の声も出なくなった。
暫くして、
「第二女と云へバーーー。」
と云い掛けて又沈黙して、深い深い溜息を発した。彼は日頃から小さい眼の男である。小さい眼だけれど、異様に鋭い底光のするのであるが、今は其の目を無くなるかと思うほど細く閉じた。谷川の顔を見るのも、谷川に顔を見られるのも、厭わしいと云う風である。そして顔も段々に垂れた。
又暫くして独りごとの様に、
「長女、二女、三女、成るほど、利八の子孫は幾人で、何所何所にに散っているか、其れも知れ無い。私自身さえ、何の様な従兄弟が有るか、更に知りません。ですが、谷川さん、貴方は最(も)っと広く調査成さったならばーーー。」
谷「イヤ、第二女竹子の嫡男たる君が見つかった上は、この上調査などする必要は無い。」
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