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島の娘2 (扶桑堂 発行より)(転載禁止)
サー・ウォルター・ビサント作 黒岩涙香 訳 トシ 口語訳
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(百四十三)愈々一段落
第二女の子孫に与えると聞いた時、江南が異様に驚いたのは、何の為であろう。
彼は確かに竹子の孫であるから、何も驚くには及ばない筈である。けれど頓(やが)て谷川から、此の上の調査はしないと聞くに及び、幾分か自分の心を取り鎮(しず)め得た様である。
其れで彼は更に問うた。
「全く此の上の調査はしないのですか。」
谷「松子と竹子と梅子、君はこの三女の中、竹子の孫では無いか。」
江「ハイ、竹子の孫です。」
谷「其れならば勿論、此の上の調査の必要は無いのさ。所有者網守嬢の目的が達したのだから。」
江「其れでは他日若し、他の子孫が現れて来れば、何しましょう。」
谷川は感心した様に、
「オオ、此の様な際に念を押すのは、見上げた者だ。通例の人ならば、他の血族を押し退けても、受け取ろうと言う所だのに、君は其の様に躊躇する。勿論他の子孫と言えば、第三女梅子の子孫だが、現れて来た所で、何にも関係は無いよ。僕は特に此の点を研究したが、此の宝は遺産では無く、随意の贈り物である為、寒村網守嬢の目指した、第二女の子孫の外は、誰も受け取る権利が無い。
江南は追々に安心して、追々に落ち着き、
「分かりました。けれど若し網守嬢が、其の竹子の孫が私と知れば、取り消す様な事は無いでしょうか。」
谷「その様な事が有る者か。網守嬢は受け取る人の名など聞いて、若し恩に着せる様な心を起してはなら無いと云い、名を聞くことさえ辞して居るのだ。是ほど心の美しい嬢が、何うして取り消しなどする者ぞ。」
江南は初めて嬉しそうにホッと息した。
谷「サア話が極まったたから、実物を見せよう。」
と言い、金庫の戸を開いて取り出したのは、古い鰐革の嚢(ふくろ)である。其の中に満ちて居るのは、既に読者の知る通り、小石の様な紅宝石(ルビー)である。中には一部分を磨り切って、紅の様な美しい光の現れて居るのもあるが、大部分は未だ磨かない璞玉(あらたま)の儘(まま)である。
江南はブルブルと身を震わせ、
「オオ、是が五十万圓以上百萬圓もーーーー。」
谷「そうだよ。サア渡すから、持って帰り給え。」
江「イイエ、大切の品ですから受け取るだけの用意をして、改めて受け取りに上がります。其の時まで何うか彼方の金庫へ大事に納(しま)って置いて下さい。」
谷「オオ君は実に注意が深い。何しろ五十萬圓以上の貴重品だから、自動車に乗ってでも受け取りに来るのが好かろう。ではこの儘納(しま)って置こう。」
と云い、谷川は再び宝を金庫の中に納めた。是で先ず、今まで読者に幾多の心配を掛けた鰐革の嚢も、一段落を告げた様な者だ。
暫くの後に江南は、分かれを告げて谷川の事務所を出で、我が家を指して帰ったが、まだ身体がブルブルと震えて、踏む足さえも定まら無い様子であった。
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