simanomusume154
島の娘2 (扶桑堂 発行より)(転載禁止)
サー・ウォルター・ビサント作 黒岩涙香 訳 トシ 口語訳
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(百五十四) 寒村島に帰る
梨英は此の夜、殆ど眠ることが出来ないほどに、様々に考えた。此の様な事は、得てして失望に終わる者である。或いは自分よりも、更に古江田利八に血筋の近い人が有って、当然に其の人が受け取る可きで有るかも知れない。
徒(いたずら)に欲心を起こして失望を招くよりは、今の中に断念(あきら)める方が無難だ。けれど鰐革の嚢(ふくろ)は、全く老夫人の言った様に、莫大な宝を包んで居るからは、其れを自分が古江田利八の子孫であり乍ら、知らない顔で居る可き筋では無い。それに自分は今、一銭の金をも貴重にしなければ成らない境遇に在るのに、其の様な宝を見捨てては罰が当たる。
考えるに従って、又何と無く嬉しさが募って来る。此の様に喜んでは、当ての外れた場合の失望が甚(ひど)いからと、自分で自分の心に意見を加えるけれども、其の力が甚だ薄い。何にしても自分は古江田利八の曽孫であることを、網守子の許まで名乗って出る可(べ)きで有る。
利八の血筋を捜す為めに、網守子が非常な心配を重ねて居ることも分かって居る。其れを知りながら、無言(だま)っては居られない。此の様に考えて、終に網守子の許へ、尋ねて行くと決心はしたけれど、是も梨英に取っては幾分の辛さは免かれない。
今までは、何うにか身の立つ迄、再び逢わないと思って居たのに、何の成し遂げたことも無く、元の儘(まま)の有様で、尋ねて行くとは、如何にも活気(いくじ)の無い訳である。とは言え、今更仕方が無い。
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話は変わって、網守子は、江南の画室で大斧(おおまさかり)を揮(ふる)ってから、無事我が家へ帰りはしたものの、都の土地に住むことが不愉快にも成り、又恐ろしくも感ぜられた。更に江南と添子との結婚披露を読むに及び、今まで自分の保護者とも付添人とも為って居た添子が、江南の妻でありながら、自分を欺いて居たかと思うと、急に都の空気が偽りに満ちて居る様に思われ、兎にも角にも、一先ず故郷の島に帰り、悠々と休息し度いとの心になった。
勿論谷川弁護士からは、添子を付添人に推薦した自分の不行き届きを謝して、直ちに新しい付添人を捜そうと言って来た。又従妹の藤子も、例の唐崎夫人も尋ねて来て、二人ともに、新しい付添人の出来るまで、自分の家に来て客分として逗留せよと言って呉れた。けれど網守子は総て之を謝し、自分の住まいは、女中などの付いたままで、柳本阿一を留守居同様に住まわせ、其の妹の小笛嬢を伴って、早々と寒村(サムソン)島へ帰って了(し)まった。
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