巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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島の娘2    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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    (百七十三) 私が此目で見た

 江「和女(そなた)はーーー私の財産を台無しに?台無しに? オオ、和女は何を云って居る。私を発狂でもさせる気か。」
 真に江南は発狂も為し兼ねない様である。

 添「私は使い屋の者を呼び、其の贋手紙を銀行へ持たせて遣りましたが、其の使いの帰るまで、何の様に心配したでしょう。若しも銀行で、手紙を贋だと見破ったら、何うしようなどと、其れは其れは、居ても起(た)っても、身の置き所が無い程に思いましたが、ナニ、実を云うと其の様な心配は無かったのです。私が自分でさえも、贋手紙とは思われないほどに、好く出来ましたもの。誰だって見分けが附く筈は無いのです。間も無く使いの者が、嚢(ふくろ)を持って帰って来ました。其の時の私の安心は、全く生き返った様に思いましたーーー。」

 江「其れから?其れから?」
 添「オオ、貴方、貴方、貴方は私を殺すでしょう。其れから私のした事をお聞き為されば必(きっ)と私を殺しますよ。貴方は財産より外に、何にも貴いと思わない方です。私が其の貴方の財産を台無しにして了(しま)いました。けれど其の時には、其れが貴方の財産に成ろうとは知る由も無く、私は直ぐに嚢の中を検めて見ますと、中から古い古い鰐革の嚢(ふくろ)が出て来ました。」

 江「鰐革の嚢が?」
 添「ハイ、鰐革の嚢の中は、兼ねて聞いた紅宝石(ルビー)が満ちて居たのです。オオ貴方、私は其れを盗みました。其れが貴方の財産でした。今は取り戻す道も無く紛失して了(しま)ったのです。」

 江「イヤ、イヤ、イヤ、其れは何かの間違いだ。和女が鰐革の嚢の中の紅宝石を盗んだと云う筈は無い。紅宝石は其の嚢と共に、今は銀行から引き取られて、無事に谷川弁護士の金庫の中に保管されて居る。私が自分で其の品を見せて貰ったから、間違いは無い。確かに此の目で見たのみならず、手にも取り、重さも試した。明日は自分で其の品を、鰐革の嚢と共に受け取って来る手筈だ。間違いは無い。」

 添子は江南の此の言葉が耳にも入らない様である。
 「私は直ぐに其の紅宝石を贓品買(けいずかい)が、オランダから宝石を買いに来て居ると云う男を連れて来て、私に引き合わせました。其の男は自ら宝石商だと云い、宝石仲買人と記した名刺を私へ渡しました。

 オオ貴方は彼の紅宝石に八十萬円の値打ちが有ると云いましたね。百萬円、事に由れば百二十萬円にも成ると、私は其れを其の十分の一にも二十分の一にも足らない値段で売りました。勿論其れほど高価で有るとは思わず、無言(だま)って其の宝石商に見せますと、彼は云いました。

 自分は此の国に長く居られない事情が有って、今夜の船で外国に立つので、緩々(ゆるゆる)と値切りなどする暇が無い。出来るだけ取引の早く終わる様に、方外に高く買うと言って、四万円に値を付けました。通例不正品は実価の三分の一ぐらいに売り買いせられて居ることは、兼ねて私も聞き知って居ました故、扨(さ)ては此の紅宝石には、十二萬円ほどの価(あたい)が有るのか知らんと思い、私は、成る可く高く売りたい為め、四萬円では手離されないと云いました。

 到頭先方は四萬二千五百円まで附け上げました故、私も其れで折り合い、四萬二千五百円で売りました。所が其の人を紹介した最初の贓品買が二千五百円だけは手数料に寄越せと云い、何と断っても聴きません。動(やや)ともすれば彼は私を威(おど)かし、不正品の売買で有った様に云い、薄気味の悪い言葉ばかり漏らしますので、私も強い事は言えず、口止めだと断念(あき)らめて、自分の手へは四萬円だけしか受け取りませんでした。」

 江南は聊(いささか)か合点が行き始めた。けれど添子が、彼に口を開く余裕を与えない。
 「其の四萬円を私は直ぐに銀行へ預け入れ、自分は少しも手を附けずに、正直にここへ持って参りました。先日貴方に見せた銀行の小切手帳が其の金なんです。貴方が急場の催促を免れたのも、其のお金で、今日雑誌の発行の続けて行かれるのも其のお金、其のお金は滞って居る家賃も払いました。

 食品店への負債も其のお金で済ました。貴方が田舎へ旅行なさったのもその其のお金の中で、今猶旅費の余りとして、多分貴方の財布に幾等かは残って居ようと思われるのも矢張り、其の四萬円の中なんです。」

 添子の言葉の僅かに途切れるが否や江南は、同じく殆ど狂気に近い声で、
 「其れでは何所かに間違いが有る。真の紅宝石は鰐革の嚢ぐるみ谷川弁護士が保管して居るのだから。」
 添「イイエ、鰐革の嚢の中へは私がゴム細工の贋の紅宝石を詰め替えて、其の儘(まま)銀行へ返しました。銀行も谷川弁護士も未だそうと気が附かないのです。」


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