巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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島の娘2    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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     (百八十三) 呆れた度胸
 
 江南が路田梨英を、妄想の狂人であるの、危険な人物であるのと云うのは、不埒(ふらち)《けしからぬこと》とも横着《ずうずうしい》とも譬(たと)え様の無い悪口であるけれど、自分の為には止むを得ない次第で、実に巧妙な駆け引きである。

 谷川が何れほどまで之を信じるかは、分からないけれど、全く悪口とも思わないのか、深い聞き咎めもせず、
 「ナニ、君の従弟であることは、真逆(まさか)に妄想では無いだろうと思う。事に由ると今、君が辞した紅宝石(ルビー)が此の梨英へ転がり込むかも知れない。」

 江南は益々驚かざるを得ない。ヨシヤ梨英が紅宝石を受け取ることに運ぶとしても、無論其れは、数年か数十年かの後であろうと思って居た。イヤ、幾年経た後とかさえ、其の様な運びには成るまいと思って居たのに、何だか遠からず其の運びに成り相に思われる。

 其の上に贋髯を付けた自分の肖像まで、茲(ここ)に在ることを思い合わせると、自分の前途が思ったよりか暗黒だ。此の様な場合には、手探りのまま余り深入りするよりは、浅っさりと切揚げて、其の上で篤(とく)《じっくり》と考え、事の成り行きに注意するのが安全で有ろうと思い直し、彼はせせら笑って、

 「路田梨英が私の従弟で有ると云おうと、私は驚きません。彼の事ですから、他日或いは、私の父だとまで云うかも知れませんよ。」
と軽く紛らわせた。

 谷「孰(いず)れにしても、此の事の成り行きは、時々君に知らせる事にしよう。今は君が紅宝石を辞退したからと言って、若し古江田利八の第二女の血筋が、充分に証明せられない場合には、再び君の紅宝石(ルビー)が元の君へ帰らないとも限らないから。」

 江南は是に少し安心した。此の後の成り行きが、其の時々に分かれば、又其れ相応の駆け引きが有ろうと思い、何気なく別れを告げて去った。
 彼は家に帰って後、更に様々に考えたが、第一梨英が紅宝石を受け取ったとする。其の時、梨英が其れを売り払うに当たり、贋物(にせもの)と分かったならば、梨英がこの私と同様に失望するから、是は寧ろ面白い。

 第二に紅宝石が梨英の手に渡らないうちに贋物と分かったならば、其の時は谷川が驚くだろう。驚いたとしても、己の金庫の中に保管して在るのだから、誰の所為と疑う筋は立た無い。人の善い谷川が驚くのは、少し気の毒であるけれど、此の身に関係が無いから其れは構わない。

 第三に添子の所為と分かったとする。イヤ是は金輪際分かる筈が無い。第四に戸籍原簿切り取りの一条は、是が一番の危険だけれど、良く考えれば、梨英の写した肖像ぐらいが、何の証拠にも成る筈が無い。驚きも恐れもしたけれど、ナニ爾(さ)ほどの事では無い。たとえ事が難しく成った所で、何とか切り抜ける工夫も有るだろうと、漸(ようや)く悪人の度胸を据えることが出来たのは、全く呆(あき)れた者である。


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