巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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島の娘2    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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      (百九十一) 岩の陰の両人(りょうにん)
 
 舟の上の両人(ふたり)は、殆ど波の音が絶えないのと同じ様に、話の声を断たなかった。
 網「貴方は、次の展覧へ出す絵を、書き揚げて来たでしょう。捨部竹里からの手紙に傑作だと有りました。」
 梨「一応は書き揚げたけれど、余り夢中に成り過ぎた為め、心も眼も其の絵に酔って了(しま)った様に成り、幾等見直しても、佳(よ)いか悪いか自分には分かりません。

 この様な時には、幾日か間を置いて、自分の心の余温(ほとぼり)の冷めた頃に見直せば、佳い所も否(わるい)所も良く分かります。其の上で否(わる)い所は又直します。丁度余温の冷める間、身体が暇だと思って居る所へ、不意の用事が出来た為、来たのです。」

 網「オヤ用事?私に逢うより外に、別の用事が出来たの?」
 梨「イヤ矢張り貴女に逢う用事だけれど・・・・・。」
 網「何か心配な事では有りませんか。」
 梨英は漕いで居る波太郎の方を見た。
 網「此の島には秘密は有りませんよ。波太郎が居たって介意(かま)いません。其の用事を聞かせて下さい。」

 其れでも梨英は言わなかった。
 舟は、島から島と漕ぎ廻ったが、孰(いず)れの島も、曾(かつ)て梨英の画心を養った縁故(えんこ)が有るので、梨英の心は、春の風に解ける氷の様に解けて行った。其の中に、由緒の最も深い岩又岩の小島へ着いたので、両人は曾て幾度も上陸した様に、舟に波太郎を残して、其の岩の島に上がった。

 岩の陰は、両人が終日話暮らした記憶の、まだ鮮やかな所である。
 「此の岩の陰へ来ると、私は五年前ーーイヤもう六年前ですねえ、那(あ)の時の様な子供の心持に成ります。」
と言って、岩の平な所へ腰を卸(おろ)せば、梨英も其の前に腰を卸した。

 梨「私の用事と云うのは、実に意外な事ですよ。貴女が以前から尋ねて居る、古江田利八の子孫が・・・・・。」
 網守子は一層聞き耳を欹(そばた)てた。
 梨「ーーーーもしや、谷川弁護士から云っては来ませんか。」
 網「色々報告が有りましたけれど、貴方に関する様な事は何にも。」

 梨「其の利八の子孫が私です。私が古江田利八の、最も血筋の近い曽孫だとは、実に不思議では有りませんか。」
 網守子は驚きと喜びと一時に来た様に、殆ど飛び立たん許りに、手を打ち、
 「アア爾(そう)でした。爾でした。全く貴方が古江田利八の子孫です。私は何だって、那(あ)の時に爾(そ)うと気が附かなかったのでしょう。五年も六年も爾(そ)うと知らずに捜しました。それ、ね、私の祖母(おばあ)さんが、貴方を利八さん、利八さんと呼び、良く帰って来て下さったと喜んだでしょう。

 祖母さんは決して間違った事を云わない人でした。貴方です。貴方です。貴方が古江田利八の子孫で、利八に生き写しである為め、祖母さんが爾う思ったのです。」
 手を尽くしての取り調べよりも、網守子の直覚が確実だ。


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