巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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島の娘2    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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     (二百十) 驚いて且(か)つ呆れた

 今まで添子は、網守子の言葉を全くの間違いと思ったけれど、今はそうとのみも思う事は出来ない。或いは夫江南の態度が偽りでは無かろうか。
 何方かと言えば、網守子の言葉よりも、江南の態度の方が怪しいらしい。

 直ぐに添子は江南に向かい、
 「何で貴方は黙って居ますか。キッぱりそうで無いと言い切ってお遣り成さい。」
 本当のところは、江南も網守子の言葉が一々事実に当たって居るのに驚き、心の底に早や幾分の恐れを起こし始めた。

 此の様な場合には、成るたけ敵に多舌(しゃべ)らせて、敵が何れほど知っているかを見届ける方が好い。
 けれど今は自分も何とか、言わなければ成らない。彼は妻へ七分、網守子へ三分と言う兼ね合いに振り向いて、

 「イヤイヤ、お狂さんのお相手など真っ平だよ。」
 益々皮肉な嘲(あざけ)り方である。網守子は、何で怒らずに居られよう。けれど添子の方は、江南の言葉の皮肉なだけ、其れだけ江南に弱味が有ると見て取った。

 網守子は怒りながらも気丈である。言うべき事の筋道を失わない。
 「貴方が戸籍の原簿を切り取るより幾日か前に、梨英が其の原簿を見たのです。其れで彼は自分が古江田利八の第二女梅子の孫で有ると知り、前から鰐革の嚢の事を、聞き知って居ました為、扨(さ)ては自分が受け取る人で有るのかと、谷川の許へ其の旨を申し出ました。」

 江南は空嘯(そらうそぶ)く体を装いつつも、実は聞耳を立てて居る。添子の方は、扨(さ)ては紅宝石(ルビー)が偽物と分かる時が近づいたと、自分の尻へ火が附いた様な気もする。
 網守子の言葉は益々甲走って続いた。

 「其れが為に、梨英の方が却(かえ)って、戸籍を切り取ったと言う疑いを受けました。彼は自分の戸籍が、自分の権利の証拠ゆえ、切り取る筈は無いのですのに、其の証拠を、貴方に切り取られて了(しま)った為、言い開きの道が絶えたのです。」

 江南は直ぐに付け入り、
 「其れでは、梨英が切り取ったに、決まって居ますわ。彼は少しも古江田の血筋などは引いて居ないのに、只紅宝石が欲しい為に、先ず自分の戸籍を分からない様にして置いて、其の上で、利八の血筋だなどと言い出したのでしょう。彼の貧乏さを思えば、其の様な欲心も起こる筈です。」

 けれど添子には合点が行かない。彼女は心配の余りに又江南に向かい、
 「ですが貴方は全く第二女の孫で無いのですか。貴方の祖母竹子は古江田利八の第二女では無いのですか。」
 江南は前には此の返事を避けたけれど、今度は平気で、

 「私は正直に言うよ。私の祖母竹子は第二女で無く第三女だ。」
 悟りの早い添子は、此の言葉で大方は合点が行き、今更の様に、江南の図太いのに驚いて、且(か)つ呆れた。


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