巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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            (三十四) 肖像画は禁物

 少し江南は考えた末、
  「和女(そなた)と網守子が、其の様に性格が違っては困るが・・・・、一方からは事情が益々切迫して来るし。」
と途方に暮れる様子である。
 添「事情とは何の事情です。」
 江南「相変わらず金さ。金が出来なければ、遠からず夜逃げする外は無い。添子、添子、何うか和女の掛け引きで、網守子から借り出して呉れ。」

 其の言葉には、添子も舞台気を離れて本当に驚いた。
 添「貴方は贅沢が過ぎるからさ、貴族と同じ様な暮らし方をして居るでは有りませんか。贅沢をお減らし成さい。」
 江南「贅沢を減らしては、一事に信用が落ちてしまう。」
 添「では、切々(せっせ)と絵を書きなさい。一枚が幾千円(現在の数百万円)にも売れる程の腕を持って居て、何も其の様に困るには当たりません。」

 所が江南の絵は、切々と書くことの出来ない訳が有る。一枚の絵を産出(うみだ)すには、何れほど梨英の機嫌を取らなければ成らないか分から無い。 
 江南「イヤ私はターナー以来、第一の画家と言われて居るから、其の名誉を支えなければ成らない。気の向かない時に、筆は取れ無い。」

 添「でも私は芝居道に居て、幾等も画工を知って居ますが---。」
 江南「其の様な駄作家と同一に視られては困る。」
 添「貴方は交際が広いから、貴婦人の肖像画を書けば、一枚でも大変な報酬になりましょう。」

 肖像画を作るには、当人を我前に座らせなければ成らない。是も江南の禁物である。彼は常に、肖像画は写真と同じく、一種の工芸で有って、美術では無いと言う論を唱えて居る。其の論を添子にも繰り返して、
 「イヤ、工芸品の製作は真っ平御免だ。」
と結論した。

 添「でも私が言えば、網守子はキッパリ断るに極まって居ます。厭な事は、頭から厭と云う性格ですから。」
 江南「其れを、厭と言わせない様に持ち掛けるのが、掛け引きと言う者だ。」
 添子は次第に江南に圧迫される。
 「掛け引きとは何の様に。」

 江南「そうだな、第一に私を褒め、天才に対する同情を起こさせなければ成らない。其の上で、天才と言う者は兎角金銭の事など顧みない為、人に胡麻化されてしまうのだと、成るべく憐れっぽく言うのさ。其の様な事は、和女の十八番(おはこ)だろう。其れから、今迄も貴婦人が、天才に金銭的の保護を与える例は、幾等も有って、其れは貴婦人の名誉であるから、其の名誉を他の貴婦人に奪われるのは、惜しいと云う様な競争心を起こさせる。」

 添「其れでも駄目な時は。」
 江南「イヤ必(きっ)とうまく行くよ。網守子は、天才とか名誉とか言う様な、美しい言葉に動かされる性格だと、私は睨んだ。けれど若し其れでもうまく行かなければ、利益を説くのさ。
 雑誌の資本金にすれば、非常な利益があると、ナニ、美しい言葉に動かされない人ならば、利益に動かされるに極まって居る。」

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