巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

simanomusume63

島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

since 2016.3.4

下の文字サイズの大をクリックして大きい文字にしてお読みください

文字サイズ:

     (六十三) 江南の書いた額

 此の夜寝た後も、網守子は色々と考えたが、何だか添子が、余り出過ぎて居る様に思われる。其れに此のごろ、蛭田江南が附き纏(まと)うのも五月蠅(うるさ)い。此の様な場合に何うすれば好い者か。誰にか相談して見たい。誰にと言って他の事柄と違うので、添子をも知り、江南をも知っていて、更に自分よりは深く都の事情に通じて居る筈の、従妹藤子に問う外は無い。

 翌日網守子が問うたのは、侶伴婦人を解雇することは出来ないだろうかとの事であったが、解雇は出来るけれど、網守子の身分として、侶伴婦人の在るのが当たり前なので、代わりの婦人が有る迄、解雇しない方が好いだろうと言う事に帰した。次には蛭田江南の事であったが、是には、

 「江南」は貴女に縁談を申し込む積りでしょう。」
と藤子は鑑定した。
 網「私の方に、縁談に応ずる心が無ければーーーー。」
 藤「全くですか。全く貴女は応ずる心が無いのですか。」
 網守子は躊躇しない。
 「ハイ、全く有りません。」
 藤子は多少の疑いを帯びて、

  「では断る迄ですがーーーー。」
 網「縁談を申し込めば断りますけれど、申し込まずに唯附き纏(まと)うのは、何うすれば好いでしょう。」
 藤「其れは難しい御相談です。通例その様な場合には、貴女の保護者からーーー今ならば侶伴婦人から、----其の人へ注意し、遠慮して呉れと言うのです。」
 網「でも私の侶伴婦人は、蛭田江南の事を、褒めて計り居るのでもの。」

 藤「其れでも先ず、添子へはっきりと命じて御覧なさい。」
とは言った者の藤子は、網守子の為に江南を惜しむ様子である。
 「けれど網守子さん、断るのは何時でも断れますよ。貴女は江南の外に、誰か心に思い定めた方が有るのですか。」
 網守子は顔を赤くした。藤子は其れと察して、直接には問わないけれど、

 「貴女の気質としては、江南の様な芸術家を、愛さなければ成らないと思われますのに。」
 網「ハイ、芸術家を愛します。けれど蛭田とは全く違った型の人でなければ、私は嫌いです。」
 藤「では貴女はもう、約定済ですか。」
 網「イイエ、未だ」

 藤「私は貴女より年上でも有り、其れに既に婚約が定まって、結婚の日を待っている身ですから、有のままに言いますが、好き嫌いの為に、余り人を退けるのは、何うかすると後悔の本ですよ。」
 網「其れはそうかも知れませんけれど、私は好き嫌いの強い性質です。言わば我儘(わがまま)者でしょう。」

 藤「貴女は未だ江南の天才を、良く御存知が無い。江南の書いた絵を御覧なさい。其れ、丁度貴女の頭の上の壁に、額が掛かって居ますから。」


次(六十四)へ

a:511 t:1 y:0
 

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional

巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花