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島の娘 (扶桑堂 発行より)(転載禁止)
サー・ウォルター・ビサント作 黒岩涙香 訳 トシ 口語訳
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(七) 待遇(もてな)し振り
金の首輪を掘り出したからと言って、梨英は敢えて自分を幸運とは思わ無いけれど、先刻の霊感に打たれて以来、なんだか此の島と自分の間に一種の運命が繋(つな)がって居る様に感じ、悠(ゆっ)くり此の島を研究したい様に思った。
竹里の方は、一時の興を催すのみで、少しも心に深い感じを留めなかった。
竹「網守子さん、貴女は昔、此の首輪に身を飾った龍寧州(リオネス)の王妃の後裔でしょう。少なくとも今の此の島の女君です。全く良く似合います。」
竹里の云う事は、何時も網守子には少し難し過ぎる。けれども不快に感ずる訳では無い。それは実際、網守子の姿の何処かに、只の島の娘とは思われ無い様な所が有って、金の首輪が妙に良く調和した。
是から二人は、網守子の家に導かれた。家は大昔の貴族でも建てたのか古くて広い。先ず庭の方から廻ると、開いた大きな窓の中に、安楽椅子に寄り、彼の老夫人は居眠って居る。傍には昔の糸引き車も置いてある。竹里は却(かえ)って興を殺(そ)がれる様に感じ、知らぬ顔で行き過ぎたが、梨英は暫らく見惚れて、少し経ってから、恭(うやうや)しく黙礼した。
客室とは云え、幾年来客を迎えた事は無さ相に見える部屋で、飲み物と菓子とを出された。是は総て手製であると網守子が説明した。手製と聞いて竹里は食う気も飲む気も起こら無い。
「網守子さん、此の家は何も彼も若い貴女と全くの反対ですねえ。」
と云う所へ、遅れて来た梨英は、喉が乾いたと云う様に、飲み物を一口に呑み乾し、菓子をも三つ、四つ喫(た)べ終わって、初めて口を開き、
「次の室(ま)に居られるのは、貴女の祖母(おばあ)さんですか。」
網「本当は私の祖母さんのその祖母さんです。けれど只祖母さんと呼んで居ますわ。」
梨英「では大層なお年でしょうね。」
網守子は笑って、
「私が十五、祖母さんは九十五」
竹「6倍と三分の一」
梨英「貴女と祖母さんとの間の方は。」
網守子は悲しげな様子も無く、
「皆死に絶えましたの。祖母さんは先祖が海賊をした祟(たた)りで、此の家は不幸が続くと言います。」
話が面白く無い枝道に流れ込んだと竹里は思った。
梨「祖母さんのお話しは面白いでしょうね。」
網「もう耄(ぼ)けて了(しま)って、何にも取り留めた話はしません。でも今夜一緒に聞きましょうよ。」
竹里は倦(う)んざりして、
「吾々は日の暮れ無いうちに帰ります。」
網守子は呆れた様に、
「オヤ、そんなに早く?」
問うのも無理は無い。偶(たま)に此の家へ本土から来る客は、皆遠い親類で、幾週も幾月も泊まって行く。更に梨英に向かい、
「貴方も?」
と問うた。
梨英は竹里が様々目配せするにも拘(かか)わらず、
「老夫人のお許しが有れば私は泊めて頂きましょう。」
竹里は卓子(テーブル)の下で梨英の足を厭と云うほど踏んだ。
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