巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

simanomusume77

島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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       (七十七) 網守子の当惑

 絵盗人、詩盗人、脚本盗人、一人の蛭田江南が果たして三重の盗人であろうか。
 事情は何うもそうらしい。網守子は幾度考え直しても、そうとしか思わざるを得ない。
 実に不思議である。此の様な盗人が、又と此の世に在るだろうか。余りの事に夢の様にも思われる。
 何とかして、今一層、深く此の疑いを確かめる工夫は無いだろうか。

 網守子は色々思案した。而(しか)も此の三重の盗みが、すべて網守子一人で分かって来る事と成ったのは、偶然とは云え是も不思議である。此の様な秘密を、自分一人の手に握って、さて何うすれば好いであろう。

 誰かに相談して見ようか、イヤイヤ人に相談すべき事柄では無い。相談する程の証拠と言っても、持っては居ない。自分の心だけには分かって居る様に思っても、人に話して成るほどと思わせる事は出来ない。今の倫敦(ロンドン)で第一の成功家として知られている、蛭田江南を、盗棒(どろぼう)だと云った所で、誰が本当だと思って呉れよう。

 とは言え、単に知らない顔で見過ごす訳には行かない。此の盗みに罹(かか)った被害者は、三人ともに自分の友である。盗まれた其の被害が、並大抵なことで無い為に、三人ともに相応に得るべき地位を失って居る。地位のみでは無い、名誉の報酬も総て失って居る。

 其の三人は自分に取り、又と無い恋しい人、親しい人、憐れな人である。自分がこの様な秘密を知っていながら、救わなかったら誰が救う者か、義務としても、自分は何事をかしなければ成らない。
 殆ど網守子は途方に暮れた。

 若し被害者三人に向かって、此の後は蛭田江南へ、作品を売らない様にせよと忠告することは容易である。けれど、彼等は作品を売らなければ、生活が続かないのである。彼等の為に生活の道を開いて遣らなけれ成らない。其れも自分の財産では、必ずしも出来ない事では無い。けれど彼等が承知しない。と云って、今までのままに捨てて置いては、自分までが蛭田江南の盗みの事業を、助けることに当たる。知らない間は仕方が無いが、知った今では、何うしても知ら無い顔は出来ない。

 寧(むし)ろ直接に蛭田江南に向かい、貴方の盗みは看破せられたと告げて遣らうか、そうすれば彼も恥て、盗みを止めるであろう、そうだ、明ら様に彼を矯(たし)なめるのが第一だ。とは云え、其れほどの証拠が、自分の手に在る訳でも無いので、彼から何の様な逆捻子(さかねじ)《逆襲》を食うかも知れない。

 兎にも角くにも、路田梨英に逢い、切(せめ)ては余所ながらも此の疑いを糺(ただ)した上で、何とか思案を定める外は無い。
 こう思い定めて、又も梨英の鼠の巣を訪ねたけれど、梨英は居無い。彼は何所へ行ったのか、宿の主人にも、何事をも言い置いて無い。全く雲を掴(つか)む様である。


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