巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

sutekobune148

捨小舟   (博文館文庫本より)(転載禁止)

メアリー・エリザベス・ブラッドン作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2015.3.21

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         捨小舟  後編   涙香小史 訳

                   百四十八

 永谷と皮林との相談は如何に終わったか、強き者は勝ち、弱き者は従うのは世の常なので、弱き永谷は必ず強き皮林の意に従い、第一に速やかに常磐男爵の財産を永谷の手に入る道を開き、第二には其の財産を山分けにし、悪人古松が英国の裁判所で取調べられない前に、皮林が外国に出奔すると云うことに決まったのに違いない。茲(ここ)に管々しく書き記す要もなし。

 それはさて置き、園枝はその後何度と無く重鬢(じゅうびん)先生の家を尋ねて行き、先生の問うが儘(まま)に詳しく我が身の上を語りなどをした。先生が思う事があると称して、伊国(イタリア)へ立って以来は、唯先生が真に好く娘二葉の行方を突き留め、無事に連れ帰ることが出来るかどうかと、徒(いたずら)に気遣うばかりで、誰を頼りに我が心を慰めたら好いだろう。

 殆ど劇場に出る気さえもない程だが、娘二葉の捜索に、此の後も如何ほどの費用を必要とするか分からない。劇場から得る給金の外にはその費用を支払う宛ても無いので、是を我が一身の何よりの勤めと思い、気が晴れない中にも、一夜さえも休まないのは、如何ほどか辛い事だろう。

 この様な境遇に在って、唯一人親切を尽くして呉れるのは、常磐男爵である。男爵は毎日の様に自ら尋ねて来るか、或は従者を遣わして園枝の気に向く様な品物を贈りなどし、更に金子もきっと入用になるだろうから、遠慮無く余が取引の銀行から引き出すようにと云い、一切の財産を園枝の気のままに任せるかと思われる程であったが、園枝は少しでも男爵の恩義を、この上に重くするのを好まず、贈り物なども仕方なく受けはしたが、包みの儘(まま)に積んで置いて、手さえ触れない。

 そうは言っても、今は既に我が身に対する男爵の罪を許し、一切の恨みを忘れると約束した後なので、情けなく男爵を追い斥(しりぞ)ける事はせず、殊に男爵が二葉の行方を捜すために、別に人を雇って、八方を捜索していると聞いては、或は重鬢先生よりも先に男爵の手に何事か分かる事も有るだろうかと思って、男爵の来る度に今度こそは娘の事を知らせに来たかなどと、急いで出迎える有様であったが、今日もまた男爵は、従者に数多の贈り物を持たせて自ら園枝の家に来たので、園枝は下女の取次ぎを聞き、欣々(いそいそ)と立って迎えると、男爵は何時もより微笑(ほほえま)しい顔で、

 「やっと娘二葉の居所が分かったよ。まあ喜んでお呉れ。」
と宛も自分の娘の様に云った。園枝は聞くよりも、
 「エ、何所に居ました。」
と急ぎ問うと、
 男「私の雇った探偵が目を附けた通り、矢張り古松と云う悪人」
と云い掛けたが、これは園枝が父とする男かと思うと、そう無下にも言い兼ねて、

 「そうサ、古松と云う者の仕業で、娘を伊国(イタリア)へ連れて行って居たと云うこと。幸い私の雇う探偵が、手も無く其の古松を捕縛し、昨夜巴里まで帰って来た。」
 園枝は殆(ほとん)ど古松の事には気が付かない様に、
 「そうして二葉はどうしました。」
 男「オオ二葉か、二葉は後から重鬢(じゅうびん)とか云う仏国(フランス)の探偵が連れて来ると云う事だ。」
 園枝は数年来、悲しそうな色の外は浮かべたことが無いその顔に、溢れるばかりの歓びの色を湛(たた)え、

 「アレマア、重鬢先生がー」
 男「和女(そなた)は重鬢先生を知って居るのか。」
 園「ハイ、私の為に先日から働いて呉れて居ます。そうして先生は何時二葉を連れて来ましょう。未だ此地へ着きませんか。」
 男爵は衣嚢(かくし)を探し、一通の手紙を取り出し、
 「是は私の雇った探偵が、重鬢先生から頼まれて来た手紙だ。和女へ宛ててあるのだから、多分重鬢先生が帰る日限などを書いて有るだらう。」
と云い、一通の手紙を渡した。

 園枝は封切る間も遅緩(もどかし)く開き読むと、
 「娘御は極めて無事に拙者の手に入りました。ご安心あれ。しかしながら、これは少しも拙者の手柄では有りません。拙者よりは、常磐男爵の雇った、英国探偵の手柄です。しかしながら、娘御を第一に見出して、拙者に知らせて呉れた人は外に在ります。

 貴方様にとっては、誰よりもこの人に厚く恩を謝しなければなりません。拙者は娘御を連れ、更にここ人をも同道して巴里に帰ります。しかしながらこの人が巴里へ立つには、支度の為多少の時日を要しますので、今から一週間の後にこの地を立ちます。娘御は拙者とこの人との保護で、御身の膝元に居るよりも、もっと安全ですので、一週間の猶予は少しもご心配には及びません。」
と記してあった。




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