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妾(わらは)の罪

黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2013.1.26

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  妾(わらは)の罪    涙香小史 訳   トシ 口語訳

                 第四十六

 大鳥弁護人の勧めは無理も無い。妾(わらわ)は我が名誉を助ける為なので、
 「ハイ、それだけの事なら申し立てましょうけれど、貴方は真実に私が洲崎嬢を殺した覚えが無いと思って下さらないと困ります。父の言い方も貴方の言い方もなんだか私が洲崎嬢を殺しながら隠していると言うように聞こえます。裁判では無罪になるにもせよ、世間の人が何時までも心の中で私を罪人と思っていては、助かっても甲斐が無いと言うものです。私はどうにかして世間の人に華藻は全く無実の疑いを受けていたのだと言われたいと思います。」

 (大)無罪の宣告を受けた上で未だ貴方を疑う者が無理と言うものです。私の力ではどうにもなりません。
 (妾)イイエ、世間の人は貴方の力に負えないとしても、貴方の心だけは貴方の力にかなうでしょう。貴方が私を弁護して下さりながら、未だ心の内で私を疑っている様に見えますから、私はその疑いを解いて下さいと申すのです。誰が何と言っても又どの様な証拠が有ろうとも、私は洲崎嬢を殺した覚えが無いのですから。

 (大)それは貴方、くどいと申すものです。無罪の宣告を受けるのがただ今の目的ですから、その外の事は如何でも好いじゃありませんか。
 (妾)イイエ、好くは有りません。後々まで貴方や父が私を人でも殺しかねない女だと思っては、私の心が落ち着きません。
 (大)それじゃ、貴方は何処までも、外に嬢を突き落とした人があると仰(おっしゃ)るのですね。
 (妾)ハイ、全くそう申すようなものです。外に有るかは知りませんが兎に角私ではないと申すのです。

 大鳥は妾が同じ事を繰り返すのに初めて妾を信じる糸口を起こしたのか、しばらく考えた末、それではあのボタンはどうしたのです。外の人が突き落としたのなら、なぜ貴女のボタンが嬢の手に残りました。
 (妾)サア、それだけは如何(どう)考えても理解が出来ません。ですが、これだけの証拠があるのに私がそれに服せず未だ強情を張って知らないと言うのは、真実知らないためだとは思いませんか。自分の心に、もし暗いところがあれば、私の様にこうまで強情が張れましょうか。日頃、他人の言葉に逆らったことのない私が、これ程に言うのには何か訳があると思って下されそうなものですが。

 大鳥は又考え、
 「サア、先ほどから貴方の強情を張る様子が一通りではありませんから、実は少し不思議だと思っているのです。今まではもう、一つも二つも無く貴方が隠しているのだろうと思っていましたが、今漸(ようや)く、もしや貴方が覚えが無いと言うのが真実で、証拠がかえって間違いではないかと思うようになって来ました。」

 (妾)そう思って下されば本望です。
 (大)けれど、そう思うには必ず外に罪人があると思わなくてはなりませんが、愈々他に有るとすれば誰でしょう。
 (妾)サア、誰でしょう。

 読者よ、誰でしょうと言う中に妾の心には非常に恐ろしい疑いが起こって来た。誰でしょう。もしや、アア、妾は疑いほど間違い易いものは無いのを知った。今迄妾に掛かった疑いは皆間違いであった。そうすると妾の胸に黒雲のように湧いて来た疑いも、或いは間違いで無いとは言いない。間違いであるなら妾は口に出して言う事は出来ない。又ここに記すことは出来ない。

 大鳥も同じ疑いを起こしたが、しばらく首を垂れて考えていて、初めてその首を上げる時、同じく妾も初めてあげる顔と思わず目と目を見合わせた。見合わせた目と目の中には互いに浮かぶ心があった。言わず語らずその心を読み合って、互いの疑いが同じなのを知った。大鳥は深く嘆息を吐き尽くして、
 「どうも実に不思議です。この罪人は必ず外にあることです。誰だとは申されませんが、貴方の無罪はもう固く信じます。今迄貴方を無罪だと言い張りながら、心の中で貴方を疑ったのは清き淑女を見るだけの眼が無かったのです。そこは幾重にもお詫び申し上げます。」

 (妾)何の、お詫びなどには及びません。貴方がそう仰って下さるのは何よりうれしゅうございます。これでもう私は百倍の勇気が付きました。今まではこの様に言い張っても誰一人信じてくれないので実に心細く思っていましたが、貴方一人が信じて下さるからには、追々に外の人も信じてくれるようになるだろうと大いに張り合いが出来て来ました。

 (大)私も張り合いが出来ました。今迄は心の底に貴方を信じる気が無く、罪のあるものを罪が無いと曲げて弁護する様に思っていましたから、実のところもし弁護が届かなければ、その後は如何しようと内々心配しましたが、愈々貴方を無実と思えば、どの様にしても弁護します。一度弁護が立たなくて、貴方が有罪の宣告を受けようとも、平気です。その後で私は熱心に奔走し、草を分けても真の罪人を探します。
 (妾)私もその気になって奮発します。こうなれば裁判も宣告も恐ろしくはありません。

 (大)フム、実に面白くなりました。よろしい、こうなさい。法廷でも飽くまでも先刻私が言った通り、嬢に突き倒されて、その倒れるはずみで、嬢が一人で落ちたと言い張りなさい。それで弁護が通り無罪となったらその後で、誰にも知らさず私と貴方きりで唯心得のために真の罪人を探しましょう。。もし弁護が立たず有罪と決まれば、私が父御を説き伏せて全く貴方に罪の無い事を信じさせて、その上で、古池家の身代を傾けてまでも、真の罪人を捜索します。

 (妾)ハイ、私もその積りです。
 (大)では外に御相談することはありません。。唯この決心を動かさずに裁判の日を待つばかりです。毎日様子を伺いに上がりますが、弁護の工夫は愈々これと確定しました。
 これから更に後々の事などを種々打ち語らった末、大鳥は又来る事を約束して帰った。その約束を違えずにこの後は毎日のように裁判所の帰りなどに妾の牢に立ち寄りながら、

 「こう問われたなら、ああ答えよ。」
などと裁判の時の心得を指図し、更に弁護のことについてはこの所をしかじかに改め、彼のところをこの様に補うなどと念の上にも念を入れて修正したが、大抵の工夫は先に説いたところと変わらず、そのうちに早や十日の日が過ぎ、愈々裁判の当日になった。

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