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妾(わらは)の罪

黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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  妾(わらは)の罪    涙香小史 訳   トシ 口語訳

                 第六十

 

 お房が一息継いで、
 「私は嬢様からお暇になりましたが、これと言うのも古山男爵のため。男爵はもし暇になっても俺が好い様に言いなして、雇い続けることにしてやるとの仰せもありましたから直ぐに男爵に会い、どうか雇い続けて貰おうと思いましたが、生憎男爵が何処に居るのか分かりません。これは多分男爵が私に会っては面倒だと思い、わざと隠れていらっしゃるのだと見て取りましたので、私は身を隠して男爵の出てくるのを待って居るのが好いだろうと思い、池の傍に隠れていました。

 (判)何故池の傍などに隠れたのだ。
 (房)お屋敷の内に隠れていたのではもしかして他の人に見つかるかもしれないと思いまして。それに私は帰る振りをしてお屋敷を出ましたが決めてある宿もありませんので、どうしても男爵に会い、たとえ雇い継ぎが叶わないとしても、当分身を定める宿でも決めてもらいたいと思いました。池の傍なら時々嬢様を初め、その他の方々が運動に出て来るだろうと思ったからです。

 (判)フム、それで男爵に会う事が出来たか。
 (房)ハイ、日が暮れるまで隠れていましたが、生憎この夜は真の闇夜で、一寸先も見えないようになりましたから、なんだか気味が悪くなり、この通りの暗闇ではとても男爵は出て来ないだろうから、町に行って宿を探し、明日又会いに来ることにしようと、そろそろとそこを立ち去ろうと致しますと、その時横手の垣の方から何事かひそひそと話しながら来る人がありました。

 (判)それが被告華藻嬢と村上達雄であっただろう。
 (房)いいえ、そうでは有りません。もとより闇の中ですから、姿は少しも分かりませんが、その声を聞くと全く古山男爵と洲崎嬢です。
 読者よ。お房の言い立ては益々不思議に聞こえる。
 (房)私は二人が如何するかと又元の場所へ隠れて居ますと、二人は私が居るとは夢にも知らず、打ち解けて話を始めました。

 (判)どの様な話を始めた。
 (房)男爵と洲崎嬢は揃いも揃った悪人です。その話を聞きますと、二人とも華藻嬢(さま)と村上さんの仲を裂く積りで、様々な謀事(はかりごと)を相談していました。詰まり男爵は華藻様の婿になろうと思い、洲崎嬢は村上さんの妻になろうと思い、それで二人の仲を割ろうと致しましたので、何でも前以ってその約束を決めてあったのです。約束を定めた上で男爵が洲崎嬢を古池家に連れて来たのです。

 (判)その様な事が如何して分かる。
 (房)それは二人の言葉で分かります。私は二人の企みを聞き、この様な悪人であったのかと身震いを致しましたほどですから。今でもその言葉を覚えています。初め洲崎嬢が言う事には、古山さん、貴方は何時も口先ばかりで、明日にも出来るように言っていながら、もう二週間も経つのに、何の効(しるし)も有りません。私は昨日も今日も村上の元に行きましたけれど、なんだか村上が益々私を嫌うようです。

 (古)それは私の知ったことではない。村上の心を引き寄せるのは、お前の腕次第だ。初めからの約束が唯二人で以ってうまく村上と華藻の仲を裂くというだけの事じゃないか。早く仲さえ割いてしまえば、その後はそれぞれの腕次第で、お前は村上を手に入れなさい。私は華藻を手に入れるのさ。村上に嫌われたからとて、私を恨んでは私も又華藻に嫌われるからと言ってお前を恨らまなければならない。互いに今から恨みあっては終に大事な目的は達せられないというものだ。

 (洲)オヤ、それでは華藻嬢も貴方を嫌うのですか。
 (古)嫌う所ではない。死んでも貴方の女房になるのは嫌だと言っているけれど、私は父、侯爵を手に入れてあるから、気長にするうちには侯爵が否応なしに嬢を説き付けてくれるだろうと、実はそればかりが心頼みさ。
 (洲)それだから貴方を恨むのです。貴方は侯爵を説き付けながら、私のためには侯爵へ何事も言っては下さらないのですもの。

 (古)ナニ、その様な事がある者か。お前の事も充分に侯爵に説いてある。侯爵も、もうどうしてもお前と村上を夫婦にしなければならないと言っている。
 (洲)それではまあ幾らか安心です。今までも早く貴方に会い、様子を聞こうと思っても、人目が多くてどんなにじれったかった事か。
 (古)俺も侯爵がお前に肩を入れていることを早くお前に知らせようと思ったけれど、昼間はおちおち話も出来ないから困っていたのさ。

 (洲)でも、もしこのことが出来なければどうします。侯爵が幾ら肩入れしても、華藻は貴方を嫌だといい、村上は私を嫌だと言い、華藻と村上が逃げてしまうようになれば。
 (古)イヤ、その様な事は無い。
 (洲)それがもしあったなら
 (古)「その時は仕方がないから、元々と諦めて、初めの約束どおり私とお前と夫婦になるのさ。全体お前が村上を見初めさえしなければ、とっくにお前は私と夫婦になっているのだ。お前が村上を見初めて私に秋風を立たせたから、私もそれなら何処までも華藻を手に入れると、こういう気にになって、この相談が出たのだから。」
とこの通り申しました。これだけの言葉で見れば。男爵と洲崎嬢のたくらみは分かっています。

 (判)それから如何した。
 (房)ハイ、この言葉が終わるか終わらないうちに、又一方から誰だかひそひそと話しながら参りました。その声に古山男爵も洲崎嬢も直ぐに息を殺して、鎮まりましたが、今来た二人は華藻様と村上様です。このお二人はもとより古山男爵や洲崎嬢や、私などが潜んでいるとは知らず、駆け落ちの相談を始めましたが、嬢様は直ぐに逃げるのが好いと言い、村上さんは逃げては不義になる。直ぐに父、侯爵に打ち明けるのが好いと言い、それはそれは中々ののお争いで有りましたが、末には嬢様が腹を立てた様子で、一声高く、もう貴方のお心は分かりました。私に愛想をお尽かしになったのですねと仰いましたが、この時村上さんが何でも嬢様の立腹を取り消そうと唇をお寄せなさった御様子で、嬢様がいけませんよと仰いまして、しばらくすると池の中に落ちる音がドブンと聞こえました。私はもしや嬢様が落ちたかと思い、飛び立って池の面を覗きましたが暗さは暗し、少しも分かりません。そのうちに嬢様の泣き声が聞こえ、

 「天よ、妾を助けたまえ。」
と祈る声が致しましたから、さては村上さんであったかと少し安心致しました。全体言えば直ぐにその場に現れて、嬢様をお慰め申すところですが、暇を貰った身が隠れていたかと思われるのも辛いし、その上古山男爵の事もあり、この上どうなる事かと潜んだままで耳を澄ませていますと、嬢さまは声の涸れる程お泣きになさった末、ついに家の中にお帰りになりました。

 (判)では村上を突き落としたのは全く被告である古池華藻じゃな。
 (房)イイエ、もう少しお聞き願います。その中に分かりますから。

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