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妾(わらは)の罪

黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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  妾(わらは)の罪    涙香小史 訳   トシ 口語訳

                 第六十二

 

 
 (房)私は早速嬢様の部屋に忍び寄り、内の様子を伺いますと丁度御病気になって床に就いたばかりで、傍には侯爵が介抱していらっしゃいます。見るとこの着物もベッドの傍に掛かっていますので、どうにかしてと思ううち、候爵は気を苛立て、エエ、医者は未だ来ないかと言いながら立って廊下に出ましたから、私は大胆にも引き違いにその間に入り、後は如何でも好いと思い、手当たり次第にそのボタンを剥ぎ取りました。

 取ると間もなく廊下から侯爵が帰ってくる様子ですから、私は直ぐに窓から飛び出し庭を伝って裏に回り、裏口から忍び入って二階に上がり、侯爵の居間を伺いますとここには誰も居ませんから、早速前の錠を取り出し古山男爵に言い付かった通り用箪笥の二番目の引き出しを開けて、ボタンを箱に入れ、鍵は三番目の引き出しに納めて人知れず門まで逃げ出しました。門の外には古山男爵が待っていて、約束の金をくれ、この事を決して他言してはならないと言って更に宿屋まで指図してくれましたので、それに潜んでいました。

 これだけの言葉には少しも間違いはありません。それですから村上さんの手にあったボタンも、洲崎嬢の握っていたボタンも華藻嬢様の品ではなく、全く古山男爵の手先から握り取ったものです。嬢様のボタンは侯爵の用箪笥に入れてありますと言って、これから又村上に会った次第を初め、先程一度法廷に入り込んだ次第まで落ちも無く言い立てることは、村上の言い立てたところと寸分の違いも無い。検察官はまだこれを疑い、お房は村上から金を貰ってこの様に言い立てているのに違いないと論じ、弁護人大鳥と数回の弁論があったが、詰まる所は妾を有罪と言うだけのことである。

 判事は更にお房に向かって、
 「その方の言い立ては誠に好く分かったが、別にこれと言った証拠が無い。どうしても被告を救いたいために、後から考えて拵えたものと見なされても仕方があるまい。何かこれと言う確かな証拠は無いか。」
と問う。お房はしばらく考えた末、たちまち思い出したように、
 「アア、有ります。私が慌てて用箪笥の引き出しを開こうとする弾みに、その上の置物を倒しました。確かに陶器で作った古い立像かと思いましたが、それが丁度テーブルにある金製の鍵箱の上に落ちたと思います。直ぐに取り上げて元の所に置きなおしましたが、立像の鼻が欠け、飾り箱のの隅の方が凹んだと思いました。今でもその二品をお取り寄せになれば分かりますと述べた。

 今までも妾の右手に三間(5.4m)ばかり離れて控えていた妾の父の侯爵はこの言い立てを聞き、我を忘れた様に立ち上がり、
 「オオ、好く言ってくれた。裁判長、私が証人じゃ。忘れもしない、八月三日の朝、嬢の介抱にくたびれて我が部屋に返って見ると、大事な立像の鼻が欠け、飾り箱も凹んでいた。多分従僕の粗相であろうと思い、散々に叱ったけれど、従僕は一向に知らないと言った。三十年間使っていて、一度も隠し立てをした事の無い従僕だからまさか嘘をつくはずが無く、誰の仕業かと今迄疑っていたが、これで何もかも分かりました。

 検察官は父を制し、その従僕の呼び出しを願ったが、やがて従僕は入って来て、確かに立像の鼻が欠けたこと、又鍵箱が凹んでいた事等を言い立てたのでこれでお房の言い立てが全く真であることが分かった。
 読者よ、村上を突き落とし、洲崎嬢を突き落としたのは彼の古山男爵である。男爵の悪事は一々数えるのに暇がないほどだが、サレスの宿で焼け死んだのは、天が妾の神経病を借りて彼を罰したものと思われる。

 これから弁護人大鳥は今迄の弁論を結び、且つは古山男爵が焼け死んだ次第は妾の罪ではない理由を滔々(とうとう)と弁じたので、この夜、九時に至って妾は無罪として放免された。
 妾が大鳥、村上、父、三人に取り囲まれ裁判所の前に出た時は兼ねて親しくしていた貴婦人、紳士、いずれも来て喜びの心を述べた。妾のために万歳を唱える声は、群れ集える人々の口から洩れて、満街唯轟然たるのを聞くばかり。

 読者よ、凡そ妾の罪のように世に不思議な罪はあるだろうか。妾は唯村上との愛情を秘密にした為この様な不思議な禍に逢った。秘密の愛をむさぼり給うことなかれ。妾は唯後々の戒めにもと以上の始末を書き綴ったものである。妾は今、村上達雄の妻にして男子二人、女子一人あり。裁判を受けてから既に七年を経ている。妾と村上の仲は艱難を経て纏(まと)まったものなので、寝物語の種は豊かである。

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