巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面113

鉄仮面    

ボアゴベ 著  黒岩涙香 訳  トシ 口語訳     

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                 第百三回

   
 横に体を寄せたセント・マールスの後ろからカスタルバー侯爵夫人の姿が見えると、囚人は長い間、女の顔を見ていない珍しさからか、片方に寄ってじっくりと夫人の顔をながめた。その様子は飼犬が、主人が連れて来た客を見て、吠えて歓迎するか、尾を振って歓迎するか迷い、臭いでかぎわけようと鼻をくんくん動かすのに似ていた。この囚人が鉄仮面なのか、素顔のままで何の仮面もかぶっていないのを見ると鉄仮面でないことは確かだが、ただバイシンは心に鉄仮面の部屋だと言う思い込みがあったので、その積もりで入って来たのと、今まで色々苦労してこの部屋に入れたので、この時は感激の余りウッと気が遠くなりそうになり、日頃の稲妻より早い頭の回転がにぶり、さらに自分では鉄仮面の部屋に入った気で、モーリスだろうか、オービリヤだろうかと、どちらかに違いないと思って見ていた。

 しかし、囚人の顔はほとんど髭ぼうぼうで、長く伸びた髭で隠されていたので誰だか見分けることは出来なかった。ただ骨格の太い人で、たくましい面だましいは、見たことが有るようにも思われたが、痩せがたなモーリスでもオービリヤでも無いことは明らかだった。さては、さては、いままで、モーリスカか、オービリヤか二人の中のどちらかとばかり思っていた鉄仮面はモーリスでもなく、オービリヤでもなく、全く別な人だったのかとまで思ったが、たちまちにして我に帰り、この部屋は鉄仮面の部屋ではなく、セント・マールスが鉄仮面を見せるのさえまだ危ないと思い、囚人の中でも最も身分が低く、最も宮廷の言い付けのゆるい無害の者を選び、その者の部屋に連れて来た事を知った。

 この様に気づいてからは、いままで何処かに行っていたバイシンの気が、日頃に増して忙しく動き始め、このたくましい囚人は何者だろう。なぜ私の目にはこの様に見覚えが有るように映っているのだろう思ったが、考えるまでもなくすぐにその本性を思いだした。あああ、驚いたことには、この囚人はあの魔が淵の事件より少し前に行方が分からなくなり、その後バンダを初め我が党一味がその生死さえ分からなくなって、どうしてしまったのか心配していた、決死隊の大勇士、奴(やっこ)として知られていたブリカンべールだったのだ。

 これは夢か、これは現実か、ブリカンベールがこの牢に移されていたとは、実に思いも寄らないことだったが、髭に隠れた彼の顔、髭を剃(そ)らなくても疑うところはなかった。バイシンがこの様に驚くのと同時に、ブリカンベールも、この侯爵夫人が思いも寄らなかったバイシンで有ることに気が付いたと見えて、無意識の中にひざをたたいて飛び上がり、「や、や、貴方はーーー」、我が一味のバイシンかと彼が口走ろうとしたその間際にも、バイシンはただこの一言、この一句で何もかも失敗してしまうことを見て取り、刑場から逃げた今もルーボアから厳しく追われ、探索されている毒薬師バイシンの名前は、到るところで知らない人はいないので、世間に感心の無いセント・マールスにしても、これを知らないはずはなかったので、たとえ、知らなかったにしろ、パルマー国の王妃とも有ろう者が、その実、この囚人の知っている一夫人だと言うことになったら、今までの事はすべて見破られ、失敗してしまう。

 わが身もブリカンベールも、その次にはバンダまでも、アリーも、鉄仮面もどんな事になって仕舞うかは、計り知れない。救出の計画もここまでで中断しよう。まさにこれは危機一髪、しかし、そうは言ってもこの様な危ない場面は、何度となく踏み越えて来たバイシンのことなので、とっさにもその機転は失わず、自分の名前をブリカンべールがまだ言わない中に、早くも自分の指を口に当て「シーッ」と言うそぶりをしたので、ブリカンベールもその心を見抜いた。

 彼は天地もくずれるかと思うほどの声で高笑いをし、「貴方のような立派な方が、この囚人をお訪ね下さるとは、あははは、世が逆さまになったのだ。こいつはおかしい、あはははは。」非常にうまくごまかしたが、セント・マールスの鋭い目は、何か怪しいことがあると見て取り、またも一足下がって二人の顔を交互にながめ、やがてブリカンベールの肩を強く抑え、「これ、囚人、お前はこの夫人を知っているのか?何か言おうとしてごまかしたな。」

 ブリカンベールは平気で言い逃れようとしたが、バイシンは早くもセント・マールスを聞きとがめ、「おや、セント・マールスさん、すこしはおつつしみなさい。囚人を調べるのは構いませんが、私が聞いているところで、その言葉は失礼とは思いませんか?カスタルバー侯爵夫人と言われるものが、フランスの囚人に知られているはずがありましょうか。貴方は到底高貴な社会に交わることはできない人です。」

 おごそかな言葉に少しは気後れがしたものの、なお、疑いは解けなかったので、「でも、囚人は何かを貴方に言いかけました。そうすると貴方は私の後ろにいて、囚人を制止するように唇に手を当てたかと思いましたが。」

 図星(ずぼし)をさす言葉に夫人も笑いにごまかし、「貴方の言葉を聞いていると本当におかしくなります。私は来月にもパルマー国王と婚礼をする体で、そうそう昔の色男がこの牢に隠されているから、それを今夜にでも助け出すと言うような大胆な目的で、そのため貴方に迫ってこの牢を見て回ったので、この恐ろしい囚人が、私の昔の色男だと、こうでも言えば本当だと安心しますか?」と冗談半分にあざけるうちにも、暗に囚人に今夜救い出すと言う心を聞かせ、さらに、

 「え、セント・マールスさん、それで貴方が安心するなら、そう言う事にして置きましょう。私とこの囚人は昔から訳のある間柄だと、奥さんにもそう言っておきなさい。奥様は良い笑いの種が出来たと、後々まで思いだしては笑うでしょう。」とさながら小児を扱うように、自由自在に言いくるめられ、なるほど、自分の疑いが余りにも馬鹿げていると気が付いたらしかったが、それでもまだすっきりしない様子で、再び囚人の方に向かって「これ、その方はこの夫人を見て、や、や、貴方はと言いかけたが、あれは何に驚いて、何を言う積もりだったのだ。」

 ブリカンベールは半ば笑顔で「言いかけたけれど、貴方もこの夫人も怒るだろうと思って止めて仕舞いました。なに、私の心で思っただけです。もう言いますまい。」「その方の心で何を思ったのだ。構わないから言いかけただけの事を、残らず言って仕舞いなさい。」「止めておきましょう。折角来た珍客を怒らせて、後で貴方に怒られる。」「そんなことはない。言ってしまえ。」

 ブリカンベールはやむを得ないと言うようなそぶりで、「なあに、パリで宮廷の貴夫人を見慣れた私の目には、この夫人の服装はなるほどパルマー国だけに田舎じみて見えるから、これでも、貴方は貴夫人ですかと言いかけたが、気が付いたから笑ってごまかしました。私はフランス以外の人は嫌いですから。」と言う。

 夫人はこの言葉を聞き、腹立たしさに耐えられないように、「セント・マールスさん、貴方には囚人の昔なじみと思われ、囚人には田舎者と言われ、もう沢山です。二度と牢の中は見ませんから。」と言い、席を蹴(け)るばかりの荒々しさで、先に立って部屋の外に出た。

 この様子から見たら、この夫人が密かに囚人と話などしたいとは思っていないことは明らかだったが、セント・マールスはまだすっきりしないところが有るらしく、腹の中で「どうも怪しい。バアトルメアと言い、軍曹と言い、この頃の様子が全体的にどうも怪しい。はてな、今夜にも油断が出来ないぞ。」と考えながらバイシンを送りだした。

つづきはここから

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