巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面24

鉄仮面  

ボアゴベ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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              第十五回                      

 疑い深いコフスキーも今は全く安心し、その秘密の報告をした。「いよいよ時が参りました。国王ルイはベルサイユの宮殿よりゼルメーンの離宮に移る予定です。その途中で我が党が待ち伏せ場所として決めてある、あのマルレー村の旅館の前を通ります。これはもうずっと前に決まっていることで、すでにその準備中ですから絶対間違い有りません。

 我々同志はその刻限までにマルレー村の宿に行き、待伏せてさえいれば、王を捕らえるのも殺すのも意のままです。ことに当日は護衛の兵がごく少なく、その中には我が党の勇士であるラ・バイシンの夫が加わっておりますから。」と事細かに話すのを聞いてモーリスは非常に満足して「良く分かった。それでその決行日は。」

 「はい、四月の一日です。」モーリスは指を折り数えて「今日は三月の二十四日、今からすぐに出発すればまだ八日の余裕がある。ゆっくり旅行が出来るな」オービリヤ大尉はそばから「そうとも、わずか三日も有ればマルレー村へ行ける。」と相槌(あいづち)を打った。コフスキーは又声を潜(ひそ)め「ところがルーボアの手がなかなか良く回っていますから、もちろん大通りを行く訳にはいきません。間道を通りますから、まず六日はかかると思わなければなりません。」 

 「確かにその間道を見つけて来たろうな。」「もちろんです。間道を見つけていたために今日までかかったのです。」「しかし、何処の道が最も便利かな。」「そうですねー、最初に大変なところはオーニル川です。向こう岸にケスノイの守備隊がいて、見張りが随分厳重なので、ここは前から決めた通り、セボルグ村の上流に出て、あの水車のある家に行くのです。

 水車の主人とはすでに私が打ち合せをして来ました。守備隊の夜回りが通り過ぎれば、すぐ松明(たいまつ)を門に出すと言うことになっていますから、我々はその明りを目当てに進むのです。」

 「それから」、「それから、水車に一泊し、折りを見て翌日か、次の夜に川を渡れば少しも心配は有りませんが、第二の難所はソンメの谷川です。これも、向こう岸にペロームの砦があって、見張りが最も厳重であるばかりでなく、ここには不幸にも我が党に味方する者がおりませんから、上流の最も深いところを渡らなければなりません。

 土地の者達が魔が淵と呼んでいる所ですが、ここならばとても渡ることは出来ないと、向こうも見張りを付けていませんから。」と事細かに説明するその言葉が、終わらない中に、雑木の後ろの方からかすかな人の声が聞こえて来た。一同驚いて耳を澄ますとまったく聞き馴れない声で、何か歌でも歌っているようでもあったので、モーリスとオービリヤが、「なんだ」「何だろう」と互いに問い会う。

 コフスキーは笑いながら「ああ、つまらないことに驚きました。あれは里の子供の草刈歌(くさかりうた)で、オランダの言葉なので皆様がご存知ないのです。」と説明するうちに、年の頃十二三の田舎娘が、肩に草刈篭(かご)をかけ雑木の間から現れて彼方へ立ち去った。オービリヤは真っ先に安心し、「いくらルーボアでも、あの様な少女をスパイには使うまい。」

 「そうは思ってもルーボアのスパイは、種々様々な格好をして、色々な所をうろついているから、何時なん時又どの様な者が現れるか、知れたものではない。少しでもスパイらしいそぶりが見えたら、すぐその場で射殺してしまわなくては」とモーリスは早や、戦場にいる気で恐ろしい言葉を使うので、オービリヤも小声で「射殺するだけでは腹がおさまらぬ。なぶり殺しにしてやらなくては。」と言う。

 バンダは側から「だって、貴方、今の草刈がスパイと言うわけではないでしょう。」と注意するとモーリスは「それはそうさ」と言い、又コフスキーの方を向き「それで何もかも分かったが、パリでブリカンベールには会わなかったか。」

 「え、ブリカンベールがパリへ行きましたか?」「貴夫人を送って行ってもう五週間にもなるのに何の便りもない。まさか捕まった訳でもないだろうが。」コフスキーもしばらく考え「あー、分かった。彼もきっとこの間道でも調べているのでしょう。」

 「どちらにしても今日、皆と一緒に帰ってこないのは気がかりだ。しかし彼のために出発を遅らせる訳にも行くまい。そうだ、彼はパリで我々に会うつもりで待っているかも知れない。四月一日には必ずあのマルレーの宿には来るだろう。」こう言って立ち上がるとバンダも又続いて立ち上がったが、いよいよ八日先に生涯の一大事が迫ってきたかと思うと、どちらも気が休まらなかった。

 オービリヤは馬をつないで置いた木の方へ立ち去った。コフスキーは「待かねている皆の所へ言って来ます。」と言って走り去った。
 バンダは元のようにモーリスと並んで歩きながらも、虫が知らせたのか何か胸騒ぎがするので、心配でたまらないという風で、涙で潤む目を挙げて、

 「貴方。」モーリスはいつもより少し荒っぽい返事で、「なんだ」、「そうすると何時お立ちですか」、「今日すぐに」、「貴方はこの様な陰謀が成功すると思いますか。」、「又愚痴を言う。」「愚痴では有りません。ブリカンベールもまだ帰らず、私はなんとなく気にかかることばかりで」。

 「それほど気にかかるなら、前にも言った通り先に帰って待っていてくれ。もともとこの様な危ない仕事に、女を連れているのが間違っているのだ。お前のために心が鈍ったと言われては、モーリスの名折れだ」

 バンダの目に浮かんだ涙は今は点々とその頬に伝わって流れた。「帰って凱旋(がいせん)を待つ方が、二人のためかも知れない。そうすれば手箱もかえって安心だし、と言ってもブリカンベールが帰って来ないから、お前を送る者もいないが、いや、いるいる馬丁アリーに送らせよう。

 お前の胴着には一財産ほどのダイヤを縫い込んであるから、それだけでも一生困ることはあるまい。その上銀行頭取バンクロエイに預けた金をいつでも引き出すことが出来る。」バンダはようやく涙を払って「もう何も申しませぬ。」

 「貴方と分かれて、どうして一人で帰られましょう。何処までもご一緒に」「では初めの約束通り何も言わずについておいで、おー、そう言ううちに丁度アリーが二人の馬を連れて来た。」と言い、彼方から二頭の馬を引いてきた男を手招きして、一頭へはバンダを乗せ、自分は残る一頭へヒラリと乗ったが、はるか後ろの木の陰からこの様子を見ていたオービリヤ大尉は先ほどの草刈女を呼び寄せて、

 「さあこれをすぐにナアローの所へ持って行け」と言い、手帳を裂いた紙の端に「ソンメの谷川魔が淵」と認(したため)めて渡したのを知っている人は誰もいなかった。

   
つづき第16回はここから
 

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