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黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面90

鉄仮面

ボアゴベ 著  黒岩涙香 訳  トシ 口語訳 

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                 第八十一回

    
 三リットルの水はもちろん誰も飲めるものではない。まして、これを三瓶も飲んだのだから九リットル以上にもなるので、たとえ胃が破れようとも、九リットルもの水を入れる隙はないだろう。だから、普通の拷問では水三瓶で限度とし、これで被告は口が開けなくなり、ほとんど命が尽きる境にまで行くので拷問が止むことになっている。

 第四瓶から後はこれを非常の拷問と言い、被告の命を奪う覚悟で取り掛かると言われている。バイシンは既に焼き殺しの刑に決まっている者なので、今更水責めで命を奪うべきでは無かったが、既に第二の瓶の責め苦を受け今は第三の瓶の責め苦を受けようとしている。ほとんど命の限度まで来ていると言える。体が非常に膨れ上がったことは言うまでもなく、日頃の美しい顔も見れないほどに変形し、苦しさを顔に現さないようにしようとしたのは初めの中だけで、ここまで来ては人間の我慢の範囲を越え、何もかも忘れてしまって、ただ泣き叫ぶ獣などと同じ苦痛を感じるだけなので、さすがのバイシンも強情を張り切れず必死の苦しみを外に現し、台の上で藻がき始めた。

 それでも口の中には絶え間なく瓶の水が注ぎ込まれるので、叫ぼうとしても叫べず、手足は五方向に引っ張られ、嫌でもなんでも引き延ばされ、今では生まれつきの身長よりも十センチメートルも伸びているほどで、ただ間接が外れていないだけなので、藻がこうとしても藻がくことが出来なかった。ただ顔の肉がぴくぴく波うって動くだけだった。

 警視官レイネイはこの様子に満足したように「おお、大分苦しくなってきたな。」とつぶやき、更に書記の方に向いて「今までこの女が言ったことは全部出たら目だから、もちろん書いてはないだろうな。」と聞く。書記が「仰せの通り書いていません。」と答えると、それに満足し、更に又「今度こそは本当のことを白状するだろうから、細かに記録しなくてはならないぞ。」と命ずると、側の審問官はこれを聞き「いや、こうなってはとても何も言うことは出来ないだろう。命がつながっているのが不思議なくらいだから。」と言いながら立会いの医者の顔を見ると、医者も同じ意見と見えて「もちろんです。もうとても声の出る状態では有りません。」と答えた。

 この時丁度瓶の水が無くなったので責め役人は再びあの車を止めて、バイシンの口からじょうごを外すと、バイシンは今度こそはグーの音も出せなかった。既に死体になって仕舞ったのではないかと思われたが、警視官は気持ちよさそうに「今まで悪口を言っていた者がやっとこの通りくたばったか。」と笑った。

 「いや、それほどでも有りません。水にも火にも負けないエキジリの発明した薬を飲んで来たので、責め苦も大変楽でした。」と虫が泣くような小さな声で答えたので、誰が答えたのかと思って振り返ってみると、驚くことには責め台の上に仰向(あおむけ)けに乗せられているバイシンだったので、警視官は又腹を立て「何だと、責め苦が楽だったと。まだその様な生意気なことを言っているのか。よしよし、今度こそ四瓶目の責め苦に合わしてやろう。四瓶目は非常手段の拷問だから、水の量には限度がなく、三リットルが五リットルになるか九リットルになるか、命が無くなるまで飲ませるのだぞ。」と叱りつけると、さすがにバイシンも、もはやこれにたてつく元気は無かった。

 「いや、それには及びません。今度こそは恐れ入りました。」「そうだろう。そうだろう。では何だな、恐れ入って全てを白状するのだな。」バイシンはまだ虫の声で「はい、ありのままに白状します。」警視官は勝ち誇ったような顔で書記と審問官を見て、書記に向かって「さあ、今度こそ一言一句残らず記録するのだぞ。どんな言葉でも聞き逃さないように注意しろ。」と命じ、書記が筆を取り身を構えるのを見て再びバイシンの方を向き「サア」と一声促すと、バイシンは苦しい息にあえぎながら「はい、今度こそ大変な事件です。当時宮廷で隠れもないコンド、チュウリン両公爵のことですが。」と半分言うのを聞き、警視官は非常に満足の様子で「おお、両公爵もやはりお前の仲間だろう。両公爵が何でも国王を殺し、自分で位を奪いたいと言うところから、貴様に毒薬を依頼したに違いない。ああ、責め役人、ずーとそのその縄を緩めて被告を楽に抱き起こしてやれ。」

 責め役人はこの命令通りにしようとバイシン女を抱き起こすと、今まで強く引かれて伸びていた胃が急に縮もうとしたためか、多くの水を滝のように吐き出し、しばらくその胸をなでてから「はい、大宰相ルーボアと言う馬鹿者が両公爵を邪魔にして、これを宮廷から追い落とさなければ自分が身が危ないから、何とかして両公爵を罪に落したいと思い、そのために色々な悪だくみをしているのです。

 既に毒薬審問廷(しんもんてい)を開き罪もない私を責めるのもただそれだけの目的です。貴方がたは現にその手先に使われているのですが、これよりも更にひどいのは鉄仮面の事件です。」と三度ルーボアの罪を暴(あばき)き出した。その強情不敵なことは千年の後までも聞く人が震えおののくところとなったが、この言葉を聞いた警視官レイネイの立腹は又すさまじく、彼は席を立って仁王だちになり、「これ、責め役人、その口をふさいでしまえ、さぁ、非常拷問を早く、早く」と席立てる。

 しかし、縄まで緩めた後だったので、責め役人はいたずらに騒ぐばかりで、「それ、縄だ、それ、車だ。」とあわてる間にバイシンはゆうゆうと悪口を言い続け、そのうえ声さえ段々大きくなり「ルーボアは法律の許さない恐ろしい鉄の仮面を作り、これを罪人にかぶせております。この鉄仮面を作ったのもレイネイさん、貴方の長官ナアローです。貴方がそれを知らないとなれば、貴方も役目がらに似合わず、この上もない間抜けです。

 貴方は何のためにルーボアがこの恐ろしい鉄仮面を作ったと思いますか。もっともこれが世間に知られてはルーボアは世界各国から責められますから貴方のような下っ端役人には知らせないでしょうが。知らないのならば話して聞かせましょう。やはり両公爵を罪に落とすため、魔が淵で決死隊を闇討ちにして、その主だったものを生け捕りにしました。何と自分が平民の子のくせに、いやさパン焼きの息子から大宰相に成り上がった身のくせに、王族第一と言われる両公爵を罪に落とそうとはふとどき千万な男では有りませんか。人が知らないだろうと思うのは間違いです。

 鉄仮面の大秘密はこのバイシンが残らず知っているのです。鉄仮面をかぶされた哀れな囚人の名前も分かっております。ルーボアを驚かせるためここでその名前を言いましょう。彼の名前は二通り有りまして、その一つは」と言ってまさに言い出そうとするその瞬間、哀れにもバイシンはその口にじょうごをくわえさせられ、非常拷問として知られている、分量に限度の無い第四の責め水を口に流し込まれ、一言も言えなくなった。

 警視官は気元悪そうに書記を見て、「今の言葉を書きはすまいな。」書記は何と答えたら好いのか分からないので「はい、初めの方を少しばかり、いえ、もう、ほんの少しだけです。」警視官は大きな声で怒り「馬鹿め、あの様な悪口を書く奴が居るか。そのように気が利かないなら止めさせるぞ。」「いえ、すり消します。すり消します。」と言って書記は一所懸命にすり消しに取り掛かった。この頃の書記は筆記よりもすり消しの上手な者が重く用いられていると言うことだ。そのうちにバイシンはまだ生きているのか死でいるのかも分からないほど水ぶくれに膨れあがった。

つづきはここから



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