巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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噫無情(ああむじょう)  (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

ビクトル・ユーゴ― 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳 *

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噫無情    仏国 ユゴー先生作  日本 涙香小史 訳

   百五 愛 一

 小雪と戎瓦戎(ぢゃんばるぢゃん)は、何処にどの様な事をして居るやら。
 戎が尼寺の庭男と為り、小雪が尼寺の寄宿寮に入った迄は既に記した。
 其の後、庭男の一人、彼の星部父老が病死した。戎は其れを機(しお)にして尼寺を出た。

 何故と言えば、実は小雪の為を思ってで有った。尼寺に居れば安楽は安楽である。再び蛇兵太や法律やに窘(いじ)められる恐れは無い。けれど小雪を尼にすると言う事が、何うも戎瓦戎の腑に落ちなかった。
 尼と言えば身を以て神に捧げる神聖な職業だから、其の頃の風俗で言えば褒めるべきである。

小雪を尼にするのは出世させる様な者だ。
少なくとも生涯を安楽に送らせて遣るのだ。けれど戎瓦戎は、其れが出来なかった。人情の弱点が有ったのだ。若し尼寺を出れば、再び何の様な目に逢う事と為るかも知れない。けれど構わない。兎も角も小雪を尼とする事は出来ない。

 若しも小雪が物心の付く年頃と為り、自分が尼とせられた事を悔(くい)る様にでも成れば、其の時は、戎瓦戎を恨むかも知れない。何故に一通り世間を見せて呉れなかったのだろう。何故に世間並の女の子の様に、世間に出して育てて呉れなかったのだろうと。戎は其れが辛いのだ。
 小雪に恨まれはしないかとの心配が何よりも強いのだ。戎は小雪を愛するのだ。
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 ブルメーと言う町に、広い庭を備えた静かな家が有る。之は昔し、紳士が外妾(かこいもの)を持つことの流行った頃、或顕官が美人を囲って置く為に建てたので、通例の家とは違う。秘密に出入りする事の便利な様に出来て居る。表の町から裏の町まで突き抜けて、出入り口が双方にある。目には立たないが中は広い。

 其の後住み荒して、今は庭木なども根こそぎにして売り払い、広い庭も切り売りして、殆ど昔の面影は無いけれど、其れでも住うに差し支えは無い。唯寂しいのみだ。戎は尼寺を出てここを借りた。名は星部勇助と称している。彼の手巾(ハンケチ)にFの字とUの字の付いて居たのも、之が為なんだ。

 けれど彼は世を忍ぶ身だから、此の外に更に別の宿を二カ所定めた。二カ所ともに余程掛け離れて居る。都合三カ所へ、一月ほどづつ住み分ける事にして居るが、併(しか)し此のブルメー街が先ず彼の本宅だ。彼と小雪は最も多く茲(ここ)に居る。

 人と人と、淋しい所に寂しく暮らして居れば、自然と其の間に愛を生ずる。況(ま)して小雪と戎との間は、初めから親子にも勝る程の関係だから、親密の益々加わるのは当然だ。小雪は未だ子供も同様だから、唯無邪気なばかりで、別にこうと取分けて言う程の心持も無いのだろうけれど、戎の方は唯日に増して小雪の可愛さが深くなる。

 彼はもう六十に手が届いた。けれど体も心も若い。頭こそ此の世に又と無い程の大艱難(苦労)の為に、全く白髪と為って居るけれど、気持ちには子供の様な所も有る。又聖人の様な所も有る。彼は決して貧乏人の苦労を見過ごす事は出来ない。外へ出るには必ず貧民に恵む為の小銀貨を別に用意して行く。彼には、自分の為と言う考えが一個も無い。

 神の為人の為社会の為と言うのが一切の考えだ。彼は真正の善人に成って了(しま)った。自分では未だ善人に足りないと思い、何うか此の上にも善人に成り度いと心掛けて居る。其れだのに社会は未だ彼を許さない。嗚呼何と言う冷酷な世の中だろう。彼の心には未だ一点の安心も無い。何時捕らわれて、再び暗い牢の中へ引き戻されるかも知れない。

 彼は其れも用意して居る。今でも実は、殆んど牢の中に居る積りで、貧民の外は喰わない様な、黒い粗末な麪(パン)を食べて水を呑んでいる。けれど小雪が怪しんで、
 「阿父(おとっ)さん、何でその様な麪(パン)を食べるの、貴方が其れなら私も其れを食べます。」
と言う為め、止むを得ず小雪の前では白い麪(パン)を食べる。

 この様な悟った人でも、唯悟り切れないのは小雪が有る為である。彼の身は小雪の愛に溺(おぼ)れて居る。彼は小雪と共にさえ居れば、何の様な苦痛でも嬉しく感ずる。彼は過ぎ去った我が生涯を顧みて、少しも嬉しかったと言う事は無いが、今だけは嬉しいのだ。

 自分の踵(きびす)には恐ろしい警察が附いて居ても、自分の前に小雪が居れば其れが極楽だ。彼は全く思った。到頭今までの苦労が報いられる時が来た。天が此の身に小雪を与えたのは、もう此の身を救って下さるのだ。此の身は小雪に救われるのだ。

 抑(そもそ)も此の様な愛は、何と言う愛だろう。親子の愛だろうか。イヤ親子の愛よりも更に深い。戎と小雪とは親子では無い。血筋を言えば他人も他人、全くの由かり縁無しだ。其れでは恋人の愛だろうか。戎は此の年に至るまで女の愛と言う者を知らない。けれど木石では無い。天然に愛の芽生を授けられて居ない訳では無い。唯だ其の愛が芽を吹く時が来なかったのだ。

 時を得ない為め潜んで居たのだ。枯れて了(しま)いはしなかったのだ。此の様な境遇だもの、今に至って其の芽が自ずから伸びて来たとしても、怪しむには足りない。併し彼の愛は其の芽が伸びて来た者だろうか。其れは誰も知らない。彼自身も知らない。知らないけれど、彼が小雪を愛するのは、殆ど嫉妬を以て愛するかと思われる程に深い。唯だ嫉妬すべき種が無いのだ。種が無いから唯だ円満に唯だ深く愛するのみだ。

 円満が何時までも円満に続くだろうか。此の様に愛せらる中に、小雪は徐々(そろそろ)と人と為った。花ならば雨露の恵みに徐々(しづしづ)と蕾を持ち、一夜の中に開くと言う迄の用意が出来たのだ。実に小雪の開いたのは唯だ一夜の間で有った。人が驚いたのみでは無い。小雪自らも驚いた。

 ある朝、小雪は鏡を見た。今まで自分の顔が美しいとは思わなかった。醜いとか美しいとか言う事は少しも其の心に無かったけれど、境遇が境遇だから、醜い事と思って居た。けれど鏡に写った其の顔が、何だか見違える様に美しく見えた。美しさは自分の愛する人形の顔で知って居る。

 小雪は思わず叫んだ。
 「オヤ、オヤ」
と。
 今までは此の様に、鏡の中に我が顔を眺めたことが無かった。



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