巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

aamujyou83

噫無情(ああむじょう)  (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

ビクトル・ユーゴ― 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

since 2017.6.22


下の文字サイズの大をクリックして大きい文字にしてお読みください

文字サイズ:

噫無情    仏国 ユゴー先生作  日本 涙香小史 訳

   八十三 神聖な役目

 世の中にもう何の楽しみも無い、彼は尋ねる丈尋ねたけれど、雲を掴む様な者で、尋ね当てられる筈は無い。或時往来で確かに白翁と思う人を見受けたけれど、その人は職人の風をして居た。慈善家とも言われる人が、職人の風をする筈は無いから、別人かとも思ったけれど、イヤそうでは無いと、直ぐにその後を尾けようとしたけれど、もう何所へ行ったか分からなかった。

 妙に此の事が守安の気に掛かった。若しや彼の人が、何か難儀な場合に成って、黒姫までも共々に困って居るでは無かろうかなどと。併し余り取り留めの無い心配だから、イヤ全く人違いで有っただろうと思い直して止んだ。

 その中に冬も夏も経った。彼はABCのクラブへも、止むを得ない時の外は行かない。此の世に唯一人の懇意とする、真鍋老人の許をも余り尋ねない。それよりも彼には神聖な役目がある。それは父の遺言に在った、手鳴田軍曹と言うのを捜し出す一条である、是のみは絶えず気に掛かって居るけれど、それも為さない。

 殆ど彼の魂は、黒姫の姿と共に抜けて仕舞ったのだ。何所かへ消えて無くなったのだ。凡そ一年の間に、彼の為した仕事とも言うべきは只(たった)一個だ。それは秋の頃であった。以前から隣の部屋に居る、彼の伊(イタリア)、波(ポーランド),西(スペイン)、仏(フランス)四ケ国兼帯《兼任》の下宿人が、二カ月も宿銭を払わない為め、此の宿から追い出されるとの事を家番から聞き、余り気の毒に思い、自分の財布に二十余円あった金を、残らず家番に渡し、何(どう)か之を誰からと言わずに、四国兼帯の人へやって呉れと言って恵んだのである、

 先ずこれらが聊(いささ)か常と違った事柄で、その外は毎(い)つも毎つも同じである。唯だ塞(ふさ)いで居る。時々に筆を取って。潤筆(じゅんぴつ)《書画や文章を書くこと》料を得て命を繋(つな)ぐと言うのみである。
 「嗚呼黒姫は何処へ行った。」
 口に洩れる言葉と言えば唯此の一語である、


次(八十四)へ

a:26 t:1 y:0

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional

巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花