巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2011. 8.5

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

二百三十三回、『又も蛭峰家』(二)

 祖父弾正が気遣うほどではないと見え、華子は死人にもなりもせず、無事に客間に歩み入った。ここには早や華子の継母蛭峰夫人が段倉男爵夫人とその娘夕蝉とをもてなしている。

 両女の来た用向きは果たして婚礼の披露であった。ただ少し華子が異様に感じたのは母の方が婿である皮春小侯爵をこれ以上もなく褒めるのに引き換え、肝心の当人夕蝉の顔に少しの嬉しそうな様子が見えないことである。だからと言って別に恥ずかしそうな所も見えない。この様に冷淡で、幸福な結婚を遂げることが出来るだろうか。結婚と言えば女一生の大運命を決する瀬戸際であるのに、その間際にどうしてこうも平気でいられるのだろうと、華子は密かに怪しんで、果ては我が身に比べて夕蝉嬢の心の雄雄しさに感心した。

 これは全くその通りである。夕蝉嬢は野西武之助をさえ嫌ったほどで日頃結婚のことを、女の厄難のように思い、その身は美術、音楽をもって独立するなどと、男のような考えを持っているのだ。それなのにどうして皮春小侯爵の縁談に従うことになったのか、多分は父の方が深く、娘の心を顧みずに取り決めて、その上に母のほうが一も二も無く小侯爵にほれ込んで娘を煙に巻いてしまったのだろう。この様なことは世間にいくらでも例のあることではあるが、ただあまり幸福に終わるのは珍しいのだ。

 それはさて置き、華子はこの様にして一同と話などしている間に、何時とはなく気分が変わり、人の言葉も良く聞き分けられないようになった。次第に顔色まで変じて来た。それと第一に気づいたのは段倉夫人で、ただ事ではないから直ぐに部屋に帰って休むのが良いだろうと進め、次に継母もなるほどと賛成したので、当人は客二人に侘びを述べてこの部屋を退いたが、やがて隠居所の廊下まで来ると、僅かに三段ほどの階を踏み外して俯けに打ち倒れた。

 その物音に先ほどから気遣っていた森江大尉は飛んで出て、直ぐに抱き起こして聞いて見ると、当人はただ眩暈がしたと言うだけである。この家で眩暈とは実に恐ろしいことの前兆なので、なおも心配してそのまま弾正の部屋に連れて入った。スルと一度は心持ち良さそうに顔を上げ、「私はまあ、何で階段を踏み外すなどとその様なうっかりしていたのでしょう。」と言ったけれど、これきりで又目をふさぎ力なく椅子にもたれた。

 このとき弾正がどの様な眼をしているか、これらのことは見る暇も無く、既に大尉は声を発し、「誰か、誰か。」と呼び立てた。呼ばれて入って来たのは近頃忠助の後に雇われた老僕と、嬢の侍女であるが二人とも今までの惨事に懲り、恐れ戦(おのの)いているのだから、こうと見るなり、大尉の指図を待たずに、慌てて廊下に出て、これも、「誰か来てください」と本家の方に向かって大声を上げた。

 「何事だ」と本家から、同じく驚いて聞き返したのは主蛭峰の声である。大尉は当惑して弾正の顔を見た。弾正にこそ一週間に二回づつ嬢のところに来ることを許されてはいたが、蛭峰には内緒だから、ここで見咎められたら大変である。弾正はそれと見て眼を襖(ふすま)に注ぎ、その後ろに隠れよと野意を示した。

 これは先に初めてこの隠居所に来た時も隠れた場所である。大尉は脱いで置いた帽子と手袋を取るや否や、襖を開けてその後ろにすべり入った。
 暇も無くここへ来たのは蛭峰である。彼は華子の死んだような姿を見て、「エ、エ、今度は華子の順番が来たのですか。」と言い、悲しみやら、驚きやらに拳を握ったが、たちまち又心付いて、「何より早く医者を呼びに遣(や)らなければなりません。」と言った所で、先ごろから大抵の召使が暇を取り、後に雇った召使は化け物が住む家にでも来たように怖(お)じ恐れ、ほとんど三日とは居付かないので、使いに遣る者がいない。

 「エエ、私が自分で行って来ます。」と言い、引き返して家を出、辻馬車に飛び乗って有国医師の家に急がせた。この時蛭峰の家を辞して外に出た段倉夫人はこの蛭峰の騒々しい様子を娘と共に見て、何事かと怪しんで呼び止めたたけれど、その声は蛭峰の耳には入らなかった。

 蛭峰が去ると共に森江も襖の陰から出た。彼もこうしている場合ではない。再び蛭峰が帰っては逃げ場を失うから、その前に何とかしなくてはならない。と言って別に思案も浮かばない。直ぐに先ほどの侍女を呼び、嬢の介抱を托して置いてこの家を出たが、この様な時の頼みとなるのは巌窟島伯爵より他にはいない。先ほども伯爵は別れ際に、何か力に余ることがあれば直ぐに頼んでくるように励まされた。

 まさか伯爵も神ではないから、我が身以上の工夫が出るはずも無いようなものの、無限の金力は無限の勢力である。今まで伯爵のした事柄でほとんど人間以上の力を現していないものはほとんど無い。この場合も又どのような助力が出ないとも限らないと、直ぐその足で伯爵の家に行った。丁度この時は伯爵の家から野西将軍が立ち去って僅か一時間の後である。今、伯爵はどの様なことをしているのだろうか。

第二百三十三回 終わり
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