巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

gankutu269

巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2011. 9.10

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

二百六十九、『結末』 (一)

 伯爵と大尉とを乗せた馬車は、夜の明けるまでマルセイユを指して走り続けた。その間にも伯爵はただ自分の復習が罪の無い人にまで及びはしなかったか、残酷に過ぎはしなかったかとの疑いに責められて気も結ばれ、深く考えこむばかりであったが、その身よりも大尉のふさぎ方が更にひどいので、慰めなければならないとの決心を起こし、マルセイユの間近まで行った頃、初めて口を開き、「大尉、貴方は私とともにパリーを立ったのを後悔しますか。」と問うた。

 大尉は答えるのさえうるさいという様子がある。「ハイ、パリーには華子が埋まっています。その土地を立ち去るのは再び華子に分かれるような気がしまして。」伯爵は笑った。「それは考えが足りません。華子の体はパリーの墓地に埋まっても、その魂は貴方の胸の中に埋まっていなければならないのです。私などは、真に自分の愛する友を胸に埋めて有って。」

 大尉は少し感じた。「貴方にもその様な友がお有りでしたか。」 伯爵;「ハイ、第一が自分に生を与えた父母、次には知識と心力を与えた師です。」師とは昔泥埠の土牢で数限りない恩を受けた梁谷法師を言うのだろう。「この様な人は常に胸の中に居ますから、私は何処に行くにとも、これと分かれる様な心地もせず、ことあるたびに自分の胸中を探って教えを請います。」

 大尉はようやく悟った様子で、「なるほど私も今からそのように思いましょう。長いことは無い。十月の五日までですから。ネエ伯爵」念を押す腹の中は哀れである。やがてマルセイユに着いた。大尉は幾日かの間この土地に留まりたいと思っている。この土地は彼の故郷である。父の墓もここにある。他の土地よりはもっとも心を紛らせる便りが多い。直ぐにその考えを伯爵に告げると伯爵は頷(うなず)いた。けれど未だ大尉を放さない。馬車から降りたその足で、港の波止場の所に行き、出船入船を見回すのは何か捜したい心だろう。しかし大尉のほうは何事よりも昔自分の最も心を動かした事柄を思い出し、

 「伯爵、丁度この所ですよ。貴方が下さった巴丸が不意に入港して、父が驚き喜んで、ピストルを捨てて走って来て、そうして天の助けだと歓呼したのは。その時私は父に従い今立っているこの石の上に立ったのです。その時の有様ばかりは何年経ったとて、有りのままに覚えています。」
 伯爵もしばし自分の用事を打ち忘れたさまで「そうそう、その時私はあそこの物見台の影に立ち、父上や貴方の喜ぶさまを見ていました。」真に二人とも昨日有った事のように鮮やかに覚えていて、それからそれえと話は尽きない。

 やや有って、伯爵は千船百船の一つを指差し、「貴方はあの船を何と思いますか。
 大尉;「軍人の目には直ぐに分かります。アフリカへ軍器、軍人を送る兵船です。」言いながらその甲板を打ち眺めて、「アア、甲板の上にハンカチをもって、陸の方を向いて打ち振り、誰かに別れを告げている仕官があります。初めてこの国を出る少尉ですね。」

 伯爵;「少尉です。しかも貴方の友人です。」
 大尉;「私の友人とは誰です。貴方には顔まで分かりますか。」 伯爵;「ハイ、幼い頃から航海に慣れたお陰で、通例の人が望遠鏡を掛けたほど良く分かります。けれど、その誰かということは船を見るよりも丘を見た方が近道です。あすこをご覧なさい。」と言い、見送り人や出迎人の群集している水際の岸の上を指した。大尉は言葉に従ってそのほうを見ると、こっちにも一人同じくハンカチを上げ向こうに応じて打ち振っている婦人がある。

 多分母と子との別れだろうと思えば何となく気の毒にも思われたが、更によく見て大尉は驚いた、「ヤヤ、あれは身なりこそやつれているけれど、野西子爵夫人では有りませんか。アノ少尉は武之助でしょうか。」
 伯爵;「そうです。武之助がアフリカへ立つのだから、母御が見送っているのです。」
 大尉;「実に世の中は変われば変わるものです。けれど不名誉な栄華を捨て、自分の力で出世しようとするその発奮は感心です。」 伯爵;「ハイ、私もこの発奮を見届けて安心しました。数年の中にこの親子には必ず名誉ある栄華が帰ってくるでしょう。」

第二百六十九回 終わり
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