巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

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巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2010. 12. 18

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

三、父と子、類は友 

 少年団友太郎が果たして前の船長から手紙を預かっているだろうか。いるとすればどのような手紙だろう。彼の上京というのもその手紙を届けるためではないだろうか。届け先は何処なんだろう。話はなかなか多岐にわたるが追々分かってくる。

 友太郎を見送った段倉の顔の物凄さ、確かに笑いのうちに剣を隠しているというものである。中々こやつが一癖も二癖もある人間と言うことは早やその所作に分かっているが、これにこうまで妬(ねた)まれては、どのような災いを浴びせられるかも知れない。殊に友太郎の方が雇い主の受けが良くて、近々船長に取り立てられる景色がみえるのが、こやつの恨みを煮え返るほどに強くしたらしく見える。

 友太郎の方はその様なことに気を使う様子は無い。早く帰って父に会いたい。その後では早くお露の待ち兼ねている顔も見たいとの一心である。陸へ上がってそっちこっちと父への買い物を整いなどして、やがて帰って行った我が家と言うのは、このマルセイユ町外れで、貸家に建てた大きな家の、ズッと四階の上にある小さい一室である。

 三月目に帰ったのだから父がどのように喜ぶかと思へば、長い階段を馳せ上る間も胸が躍る。いよいよ上り終わって懐かしい部屋の戸を開けてみると、父は少しの日向を頼りに、窓際の椅子に丸くしゃがんでこっちへは背ばかりのように見えているが、確かに草花の鉢をいじっているらしい。もう六十を越したこの年で、一人息子の旅に出た永い留守をこう寂しそうに暮らしていたかと思うと、かわいそうでならない。

 もし余り驚かせると、椅子から転び落ちるかもしれないから、友太郎は先ずしっかりと抱きついて、その上で、
 「お父さん、今帰って来ましたよ。」
 「おお、友か、友か、よく帰ってくれたなア。」
と言いながら振り向く父の顔を見れば、三月前より又一層痩せ衰えて、色も青ざめている。

 こうも私の留守には、心配してくれているのか、このような時には喜ばせて、引き立たせる外はないと、天性の孝心で、
 「お父さん、喜んでください。間もなく船長に出世して、百円の月給を取る時が来ましたよ。」

 「本当か。本当か。森江氏はあの通り慈悲深い方だから。」
 友太郎;「ハイ、本当ですとも。人の不幸を自分の幸いの種にしては済みませんけれど、今までの呉船長が亡くなられましたので。」
と言って船主森江氏との話の大体をかいつまんで忙しくして聞かすと、父は喜んだことは喜んだようだが、なんだか十分の受け答えがない。口さえもろくに動かないひどい衰弱の様子である。

 友太郎;「どうしましたか。お父さん」
 父;「イヤ、どうもしない。お前が帰って来たので、何にも心配なことはない。」
 無理に息子に心配させまいとしているのが分かっている。これは何かブランデーのような気付けでも飲ませるのが一番の急務と思い、友太郎は急いで戸棚を開けて見た。

 どうだろう、食い物、飲み物と名の付くものが、ただの一品も備わっていない。分かった、父は飢えに瀕しているのだ、こう気が付くとともに、
 「エ、エ、お父さん、貴方にこのような思いをさせて、本当に済みませんでした。」
とあやまる様に父の前に平伏した。

 父;「何、何も辛い思いなどはせぬ。」
 友太郎;「私が出る時に上げておいた六十両のお金はどうしました。」
 父;「オオ、あの金か、あれはお前が立つと間もなく、下の仕立職人毛太郎次が、お前に古い貸しが四十両有るからと言って、外に五両は利子に当てると言い四十五両持って行った。」

 友太郎;「エエ、それでは残る十五両で三月の間、良くお父さん、私の借金返してくださったが、十五両では三月の家賃がやっとです。森江様にでも借りて下されば良かったのに」
と言っている間もきっと父が腹を空かせていることだろうと、友太郎はそのまま外へ走り出た。

 そして父の口に合いそうな食い物飲み物を三、四品も取りそろいて買って来て渡した。父は自分が飢えていた様子を息子に知らせるのが辛いから、
 「ナニ、食事は夕方でいいよ。」
と言い、直ぐには手を付けようとしなかったが、強いるように進められようやく箸を取った。いかにも愛と我慢の強い人だ。友太郎は父が食事を終わるのを待って、

 「もう、このような貧しい思いはお掛け申しません。この通りお金も貯めて帰りましたから」
と言い、自分の財布をテーブルの上に逆さまにして振り開けた。金貨や銀貨大小取り混ぜて百両の上も有るかと思われる額が父の前に盛り上がった。
 父;「ナニ、俺は金よりもお前の顔を見ていた方が良い。オオ、お露も大層お前の顔を待ち焦がれているようだ。」

 言葉がまだ終わらないところに、
 「オオ、友さんか、今度はしこたま溜め込んで帰ったなア」
と言いながら入って来たのは、父が今言った毛太郎次である。
 「ナニ友さん、慌てて隠そうとするには及ばないよ、借りようとは言わないから。」
 友;「イイエ、貴方にはいろいろお世話になりまして。」

 毛;「ナニお世話などと礼を言われる所はないのさ。貸しはお前さんの留守の間にお父さんから利子まで付けて、ナニ急には要らないと言ったけれど、無理して返して下さって、ねえ、お父さん、今ではただ隣同士の五分五分だから、」

 友;「お金は返したとしても、中々五分五分ではありません。恩と言うものが生涯残りますから。どうか、毛太郎次さん、ご入用があれば遠慮なく持っていってお使い下さい。」
 何処までも下から出るのは、留守がちな身の弱点である。なるたけ人の気を損じないようにして置いて留守に少しでも父を大事にしてもらいたいのだ。

 毛;「私は今買い物に行って、懇意な段倉に会ったから、巴丸の着いたのを知り、それではお前さんも帰っているだろうと思い、久しぶりだから会いに来たのさ。」
 友;「オオ、段倉君も早や上陸しましたか。」
 自分の様子をうかがうために彼、段倉が直ぐ後から上陸して、ここまで後をつけて来たのだとは気がつかない。

 毛;「段倉に聞けば、お前さんは大層森江氏の気受けが良いってねえ、家へ来て食事をせよとまで言われたそうじゃないか。船長になる約束も得たそうで」
 こやつも何だか羨(うらや)ましそうである。知る人の出世と言うことが、兎角気分に障(さわ)るのがこのような人々の常である。

 父は聞き耳を立てて、
 「エエ、友太郎、森江氏からご馳走(ちそう)をするとまで言われたのをお前は断って帰ったのか。」
 友;「ハイ、早く家へ帰りたいと思いまして、」
 父;「それは良くない。船長にもしてくださると言う方だもの、なるたけ気に入られる様にしなければ」

'友;「イイエ、私は雇い主の機嫌など取らずに船長になりたいのです。」
 短い一語でも健気(けなげ)な気質は十分に分かっている。このような気質であればこそ世の人と全く違った波風を凌(しの)がなければならないことにもなって行くのだ。
 毛太郎次;「お前さんが船長になると言えばお父さんはきっと嬉しいだろうが、もう一人、スペイン村の海岸にも聞いて喜ぶ者が居るのだ、ねいお父さん。」

 父;「おオ、あのお露のことか。コレ、友太郎、もう俺の方は良いから早くお露の方に行ってやれ。」
 父は毛太郎次との面会をついでに早く切り上げたいようである。父の心はことごとく子の胸に反映する。

 友「ハイ、私も御免をこうむってこれから行こうと思っています。」
 毛;「本当に早く行くが良い。余り永く顔を見せないと先はあのような美人だから、外に又どのような良い人がーー」
 友太郎は心配そうである。
 「イイエ、お露に限ってそのような」
 毛;「事はあるまいと思っても傍(そば)の者がそうは置かないから」
と何だか様子の有りそうな言葉である。

 父;「早く行け、早く行け」
 友;「ハイ、それでは、」
と言い友太郎は立って出た。そうしてわき目もふらずにスペイン村の方をさしてゆく心の中は、真に千里も一里の思いだろう。毛太郎次も続いて出た、彼も誰をか訪ねるのだと見え、急いで同じ方角に少し行ったが、やがてとある路地口を覗(のぞ)き込んだ。覗くと中から合図でも得たように出て来たのが彼の段倉である。

 段;「どうだった、どうだった。」
 毛;「早や船長に成った気で、親父と共に笑くずれて居やがった。」
 段;「そうだろう、ナニ、この段倉が居るうちは、そうは行かぬ、、上へ上ろうとすれば下に落としてやるから。」
 毛;「そうして今、スペイン村の方に急いで行ったが。」

 段;「アノ女の方へ」
 毛;「そうよ、この方もたよりない。」
 段;「何で」
 毛;「ズーと前からお露には従兄妹が一人居付いていて、町に出ても、浜に行っても、お露の傍(そば)を離れないほどにしているからさ。おまけにその野郎が背も高く、体も頑丈で人を恨めばただは済まさないと言うような一癖(くせ)ある面魂(つらだましい)だもの。」

 何しろ友太郎の身辺には四方に雲が見えている様だ。段倉は満足そうに、
 「それは益々面白い、兎も角、その辺で一杯飲もうではないか。」
 連れ立って、スペイン村まで行く道の傍にある酒店へ入った。

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