巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

gankutu97

巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

九十七、「立派の仏国語(フランス語)」

 ローマのカーニバルと言えば、既に記した通り全市を挙げての仮装行列である。無礼講である。世界中にこれほど盛んな、これほど面白い祭礼は又と無い。
 赤鳥の刑が終わると共に、また合図の鐘が鳴ると共に、何処から出るとなく、町という町は全て馬車と人とで満ち溢れた。人は皆異様な扮装をして、仮面でその顔を隠して居る。馬車は全て花や菓子を満載している。そうしてそれをすれ違うたびに、互いに菓子などを他の馬車に投げ付けるのだ。

 菓子の雨、花の雨、果物の雨が至る所に降っているので、大げさに言えば、天地の奇観、人間の楽園を目の当りに作り出すのだ。安雄も武之助も古の武士に姿を変えてこの中に混じっている。安雄もどちらかと言えば二階から見物する人になりたいが、土曜日から火曜日まで四日間続くお祭りの初日だから今日は先ず武之助への付き合いに馬車の人となっている。

 武之助の方は伯爵から二階を提供されている事などは全く忘れた様子である。町から町へ、馬車を進めて手当たり次第に花や果物の投げ合いをしているが、心のうちではこうする間に必ず大いなる恋の端緒が開けるだろうと期待している。

 勿論、ローマ中の美人は残らずこのお祭りに出ているのだ。面を被っているために、誰が誰だかわからないが、時々何かの不注意に紛らせて、互いに仮面を落として顔を見せる事がある。武之助はもし、「これは」と思う美人に会えば自分の面を落すつもりである。

 仮面を落して我が姿を見せさえすれば、恐らくはこの国の婦女子でその引力に抵抗する者はないだろうと言うほどに自信を持っている。それは無理は無い。彼は母の美しい顔を受けて、中々の美男子である上に、パリーでは年頃の令嬢たちに、五月蝿(うるさい)ほど追い回されている。

 これは父母の威勢や財産が手伝っているのだが、そうは思わない。パリーにおいてさえあの通りだから、この土地では何事もただ思いのままだと信じている。何でも小説にでもあるような波瀾(はらん)を起して、パリーに土産話として持ち帰らなければならないと、安雄にその考えを打ち明けて、そうして硬く決心しているのだ。

 多くの馬車の中で、ほぼ武之助と似かよった道をとっているのがある。之はこの国の古代の農家の子女に扮装した人が四、五人乗っているが、必ず美人の一隊に違い無い。時々武之助の馬車と離れるが、次の四角に行くと又めぐって来て、一緒になるのだから、しばしば会うのは怪しむ程の事では無い。

 会って、向こうの馬車に花を投げ込み、又向こうから菓子をこちらに投げつけなどしたことは、何度あったか数が分からない。その内の一度である。武之助の投げた花束を美人の一人が拾おうとして俯く拍子にその仮面が落ちた。不注意からではなく、多分こちらに顔を見せる為であろうと武之助は理解したが、全くわざわざ見せるだけの値打ちのある顔であった。武之助はその美しい眼、愛らしい口元に全く魂を取られてしまった。

 何がなんでも、この美人を、他の女と見間違いしないようにしなければならないと思い、良く見ると見分けのつく目印がある。それはこの美人の右の肩の辺りに赤いリボンを縫い付けてあるのである。 この次に又馬車が巡り会ったときに、武之助は何かの拍子に自分の仮面を脱ぎ、この美人に素顔を示した。

 美人は直ぐにスミレの花束を取ってこちらに投げつけた。武之助はこれを拾うより早く、自分の唇に当て、キッスの意を示して、そうしてその花を自分の胸のボタン穴に挿して晩まで大切に保存した。

 この後は美人と武之助の間に交通が活発になるばかりである。ある時は数キロメートルの間、離れずに並んで進み、絶え間なく花束や果物を取り交わした事もある。もし、武之助にして、このように見知らぬ男子に親しそうにする女は只者ではないと言うところに気が付いたなら、かえって用心もするところであろうが、その様な事に少しも気が付かない。

 この夜、宿に帰って後、武之助は安雄に向かい、「こうまで外国の美人に親善友交を求められてそれを無視しては失礼だから、明日は花束の中に文を忍ばせて贈らなければならないと語った。安雄は一応止めたけれど、中々聞きそうもなく、もし、相当の礼を尽くさなければそのために国際問題でも起こりそうに思い詰めている様子だから、止めても無駄だとついにその考えに任せて置いた。

 翌日も武之助の胸には昨日のスミレが付いている。花はしぼんでも恋は中々沈まないのだ。そうして、昨日の通り何度も美人と以心伝心の交渉があった。その交渉の何れかの機会に、用意しておいたラブレターを花束と共に贈ったのは勿論である。

 又夜になって宿に帰った後、何処からか武之助のもとに小使いらしい男が持って来たと言って一通の手紙が届いた。武之助は大満足の面持ちで、自慢たらたら安雄に開き示した。その文面は以下のようだった。

 何事も父母の許しを得なければならない私に、忍び会えよとはご無理な申し入れで御座います。しかし、無礼な目的は露ほどもなしとのお言葉に従い、明後火曜日の夜の七時にポンテシノ寺の庭にてお目にかかりたいと思います。なるべく人違いなどを防ぐ為、貴方は左の肩に赤いリボンを付け、蝋燭を持って寺の門の石段の上に立っていて下さるようお願いします。

 ご存知の通り、火曜日の夜はお祭りの終わる時で、誰もが蝋燭を持ち互いに消し合いをする事になっていますので、その時、皇女の服を着た私が、貴方の蝋燭を消しに参りますので、無言にて寺の庭の人の居ないところまで私の後に付き、おいで下さるようお願いします。もっとも、馬車の用意もいたしておきます。お心の変わらないことと、人に知られないようにする事を第一にするようお願い申します。

 手蹟も中々達筆で、言葉は立派なフランス語である。十分教育のある女である事がこれで分かる。

第九十七終わり
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