巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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白髪鬼

マリー・コレリ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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             (七十六)

 私が驚いた一通というのは「ギドウよ、お前は何でしばしば結婚のことを迫ってくるのです。」と書き出してあった。これで見るとギドウめ、自分が叔父の財産を引き継ぎ、にわか成金になったのを幸いに、至急ナイナと結婚するつもりで、そのことを迫ってきたが、ナイナがうまくかわして返事を返したものとみえる。

 ナイナは一方では私と婚礼の約束をして、又一方ではギドウに迫られている。どんなうまい口先でこの難所を切り抜けようとするのか、私は読む前からあきれながら軽蔑したが、

 「ギドウよ、本当の愛と、本当の情は、他人に知らせるのさえ惜しいものです。他人が知らないところに隠し、ただ二人で深めあってゆくのが貴方と私の情ではないでしょうか。」

 「思い返しても見て欲しい、私の夫ハピョが生きていた頃、貴方とこの私は愛情を隠しながらどれほど楽しかったことか。実に貴方と私との愛は世間に例が無いほどのものではないでしょうか。これに、婚礼と言う儀式を添え、夫婦と言う名を作ったら世間一般の,
味もなく、趣もない愛となるだけです。」

 「人目を忍んでこそ愛情は神聖になり、隔てる関所が有ればこそ思う心が増してくるのです。夫といい、妻というのは婚礼の儀式によってできるものです。情人といい、情婦というのは心と心の約束で、どんな儀式でも作ることはできません。」

 「夫を得るのはたやすく、情人を得るのは難しい。夫は世にありふれたもので、情人はなかなか無いものです。私がもし真実に御身を愛していないなら、すぐに結婚して夫にするでしょう。しかし、私の愛は世間の妻が夫に対してする非常に浅い愛では有りません。夫婦の間にはあり得ない深い愛です。私は何時までもこの深い愛を深いままで守りたい。」

 「一度婚礼の儀式を済ますと、深い情夫と情婦の愛は浅い夫婦の愛になります。私は御身を高い情夫の位置から引き下ろし、低い夫の位置に降ろすのは我慢できません。婚礼のためギドウという夫を得ても、ギドウという情夫を失うことは、実に私には我慢できないことです。」

 「御身もまた、ナイナという妻を得て、その代わりにナイナという情婦を失うのは非常に惜しいことでは無いですか。ギドウよ、ギドウ、御身は何時までも私の情夫です。味気ない夫にするのはもったいない。私は何時までも御身の情婦です。妻などと言う愛想のつきやすい者になるのは互いの大事な愛情に傷を付けるものではないでしょうか。」

 「ギドウよ、私は何時までもハピョが生きていたときの通り、御身を情人として隠しておきたい。大事な品は簡単に他人に見せるものではありません。御身は私の命よりも大事なものです。人にも世間にも知らせては大事な愛を盗まれる心地がします。二つと世に無い情婦の極楽世界を御身はどうして夫婦の俗世界にしようとなさるのですか。」

 「御身が結婚せよと言うのは愛情の綱を切って、法律の綱で結ぼうというものです。楽しみを苦しみにしようというのです。御身の妻とされるのは、御身の愛を消されるのです。御身に捨てられると言うことです。又御身を捨てることです。」

 「御身は何時までも私の情夫で居て欲しい、夫であって欲しくない。楽しい情の世界から私を辛い法律の世界に投げ込まないで欲しい。情夫は生涯の楽しみ、妻は生涯の荷物。ギドウよ、婚礼は情婦を束縛し、荷物にするものです。荷物とし荷物とされて、何の楽しいことが有るだろうか。最愛の情夫よ、再び婚礼などという俗世界の俗儀式にあこがれないで欲しい。」

 私はこれを読み終わって、ナイナが筆が良く回ることより、更に一層たくらみが行き届いていることに驚いた。ナイナは私と結婚した後までもまだギドウを情夫として蓄えておこうとするつもりなのだ。ハピョをだましたのと同じように彼ギドウをだまし、更に同じように私をだまそうとしているのだ。どれほどの悪人と言えどもここまで巧妙に工夫をめぐらして、しかも大胆に、またこのように手際よく、ただ自分一人の力で計画したものは昔から今に至るまで聞いたことがない。

 一方においてまたその後、ナイナが私に送ってきた手紙はどうだったかと見ると、ギドウに送ったものより又一層情を込めて、ハピョに死なれ、子に死なれてからはどれほど寂しいかを説き、名誉正しい夫を持つその身の幸いから夫婦の楽しみを説き、操を説き、道徳を説き、石をも動かすのではないかと思われるほど筆を回した。

 もし、ナイナの今までの行動を知らないでこのような手紙を読んだら、誰がナイナを当世第一の賢夫人と思わないわけがあるだろうか。私はただ今更のようにあきれ、ほとんど気持ちが悪くなったので、「よし、これらの手紙がすべてその身を責める武器になるぞ。」とつぶやきながら、元のようにたたんで納め、我が宿に帰って行った。

 田舎の住まいの気楽さは、門に押し開く戸もなく、案内のベルを押し鳴らす必要はなおさら無いので、さっと入って庭の方へと歩いて行くと、娘リラの立っているそばに私の従者瓶造が、シャツの袖口を肩の辺りまでまくり上げて、手頃な斧を上げたり、振り下ろしたりして、乾かした薪をを割っているのを見た。

 その様子はあたかもリラのためにはどのような労も嫌がらないと言うようで、リラは又瓶造の働きぶりに満足し、その労を助けようとして、そばから笑顔で励ましているようだった。私は二人を驚かす必要もないので足音をひかえてその場所に立ったまま、なおも無邪気な二人の様子を眺めていた。


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