巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

hanaayame17

         椿説 花あやめ     

作者 バアサ・エム・クレイ女史 黒岩涙香 訳 トシ 口語訳

since 2022.7.20

下の文字サイズの大をクリックして大きい文字にしてお読みください

文字サイズ:

a:88 t:1 y:1

         十七 流石に法律家

 併し葉井田夫人は思った。幾等梅子と松子とが優劣が無いと云っても、それは男の目から見るからの事。兎角男は顔形に目がくらんで、双方の美しさが同じであれば、それ丈でもう判断に迷ってしまう。

 私が見れば決してその様な事は無い。容貌などには迷わされないから、初めて逢った時の感じ丈ででも、直ぐに優劣が分かるだろう。縦(よ)しやそれでは分からなくても、幾日か経つ中には必ず分かる。唯だ自分の心に前以て依怙贔屓(えこひいき)を附けて居なければ好い。公平で有りさえすれば好い。

 とは云え、何しろ此の蔵戸家の百年の大利害が分かれる所だから、大事を取り、篤(とく)と瓜首法務士の意見をも聞かなければ成らないと、此の翌日彼を呼び迎えた。そうして子爵から、松子梅子の、少しも優劣の無い有様を利かせると、彼は日頃の真面目にも似ず、嘲笑(あざわら)う様な調子で、

 『それは子爵、物事の鑑定と云う事に慣れて居ない、貴方のお目では、判断の出来にくいのも最もですが、私などに取っては、何を見ても、先ず鑑定を下すのが職業の秘訣ですから、その点に於いては、ご心配を掛けない積りです。

 若し御必要ならば、両人が来た時に、即決をでも下しますが、ナニ、此の事件は即決には及びません。緩々(ゆるゆる)と見比べる為に、両女を逗留させるのですから、緩々と判断を下しましょう。』
と云い、更に大切らしく、注意を持ち出し、

 『ですが子爵も葉井田夫人も、愛情の念を捨てて御覧下さらなければいけませんよ。何方が可愛いいとか、憎らしいとか云う念が微塵(みじん)でも有れば、必ず間違います。私共は愛情を絶滅して、唯だ利害と云う念のみから視るのです。それだから縦(よ)しや一方が目っ眇(めっかち)《左右の目の大きさが異なる事》で有っても、鼻っ缼(はなっかけ)で有っても、公平を失いません。』

 流石に法律家んの心掛けだと子爵は大いに安心し、葉井田夫人も頼もしく思った。瓜首自身は、愈々(いよい)よ得意の技倆を現す時が来たと云う様に、心中得々として見えたが、暫(しばら)くして又念を押して、

 『ですが子爵、松子へも梅子へも、決して真の秘密は打ち明けて無いのでしょうね。』
 子爵『真の秘密とは。』
 瓜首『優劣を比べた上で、一方を相続人にすると云う。』

 子爵『どれは少しも知らせて有りません。尤(もっと)も女同士だから、何に附けても云わず語らず、競争はするかも知れない。互いに見劣りのしない様に、ハイその様な意味は暗に仄めかせも仕たのですが、相続人にと云う事は、双方とも全く思いも寄らないのです。』

 瓜首『それなら安心です。何でも二人の中から相続人を選ぶと云う事は、当人へも他の人へも決して知らせては成りません。』
葉井田夫人は初めて言葉を入れ、
 『でも草村夫人は若しやーーーー。』

 子爵『そうですね、草村夫人は、何事にも良く目の利く方だから、或いは暗に嚊(か)ぎ知って居るかもかも知れないけれど、そうであっても、決して私が漏らした譯では有りませんからーーー。』

 瓜首『それでは知って居るのでは無い。疑って居るぐらいに止まるのでしょう。』
 先ず一段の話は極まり、是で瓜首は引き取ったが、その後で子爵は又も葉井田夫人に、松子梅子を迎えるに付いては、用意一切を打ち任せた。勿論この様な事は、今までであっても、総て此の夫人の任だから、今更驚きはしないけれど、決し兼ねる所もある。

 『用意と云えば、第一に二人の居間ですが、何の様な所が好いでしょう。』
 子爵は考へつつ、
 『梅子は天然の美を愛し、花の咲いた様子や鳥の囀る声などが好きだから、成るべく晴々と明るくて、花園に向かって居る方が好いでしょう。

 松子は少し是と違い、大きな景色や古い謂(いわ)れの有る様な所が気に向くだろうと思われます。向こうの河から山の城跡を見渡せる所にして遣りましょうか。』

 素より広い屋敷だから、何の様な部屋でも有る。
 葉井田夫人『それから二人の着いた夜は、晩餐の席へ、何の様な人を呼びましょう。』
 子爵『内だけでも淋し過ぎるし。と云って余り初対面の人の多いのも疲れて居る二人へ気の毒だから、瓜首の外に一人ほども招くとしましょう。』

 落ちも無く親切に取り計らい、更に此の翌日からは、客間の飾りから玄関及び庭園の手入れにまでも取り掛からせたが、何事も支障無く運んで、愈々(いよいよ)二人の来着する日とはなった。



次(十八)花あやめ へ

a:88 t:1 y:1

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional

巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花