巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

ningaikyou42

人外境(にんがいきょう)(明文館書店 発行より)(転載禁止)

アドルフ・ペロー 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

アドルフ・ペローの「黒きビーナス」の訳です。

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      第四十二回 余所余所しくなった芽蘭夫人

 ハルツーム市に入るや、一同は先ず電信郵便局に行き、本国の友人などへ無事到着の電報又は書信等を出し、次には領事館に行き、本国から「領事館留置」で送って来た手紙などを受け取ったが、その中に一通、平洲、茂林、寺森の三人へ連名で宛てたものがあった。

 即ち一同がパリを立つ時、熱心に一同を見送り、且つ出発の準備などに付いて、様々な厚意を示した本目紳士が出した者だ。その中の幾項をか抜き記して見ると、

 「三君よ、君等は実に幸福な男である。私は日として夜として君等の旅行を羨まない時は無く、又君等に同行しなかった事を悔まなかった事は無い。唯だ幸いに、君等が時々詳細な手紙を送って呉れる為め、私は天の賜物を受けるよりも喜び、熱心にアフリカ国の地図を開き、地図と手紙を引き合わせて、悉(ことごと)く地図に記しを附け、今日は此の所まで行ったのに違いない、明夜は何所の地に野宿するに違いないなどと推量し、自らその景色やその苦労などを心に描き、君等と共に旅行している積りになって、様々な想像を浮かべ、僅(わず)かに我が心を慰めているばかり。

 後になって君等から愈々(いよいよ)手紙が達する度に、又その手紙と前の推量とを引き合わせると、合うも有り違うのも有るが、大体に於いては大差が無い。
 私は最早や君等の道筋を全て暗記して、此の後の行く手まで、想像することは難しくは無くなった。

 しかし君等の旅行に、これほどまで注意する人は私一人では無い。止むを得ず一行に洩れた鳥尾医学士も、私に劣らない熱心さである。鳥居医学士は折角芽蘭(ゲラン)夫人から同行を勧められながら、一人の老母がある為め、その旅行に加わることが出来なかったことを、終生の悔いであると言って、毎日の様に私の許に来て、私と共に地図を調べ、私と共に君等の手紙を読むことを、せめてもの気晴らしとしている。

 既に先日も、私は余りに君等が羨ましく、断然君等を追い掛けて行く心を起こし、鳥尾医学士に告げると、医学士も幸いその母御の健康が、大いに優れて来たことを以て、早速同行したいと云い、力を合わせて出発の用意を急ぎつつ有ったが、私の一身上に止むを得ない事情が起こり、私は泣く泣く出立を延期した。

 鳥尾医学士は私の延期に拘わらず、一人ででも出発する程の意気込みであったが、是れも悲しや、パリの市中に天然痘が現れ、非常な勢いを以て、貧民社会に流行を始めたので、仁術の業と云われる医師である者が、貧民のこの困難を見捨て、一身の望みにのみ従うべきでは無いと言って、是も仕方無く見合わせた。

 しかしながら両人の熱心は、日に日に募るばかりなので、今後或いは君等と、蛮地で顔を合わす事と為るかも知れない。兎に角、途中何所の所でも、少しの便利があったら必ず手紙を送って下さるようお願いします。君等の手紙が来なければ、私は飢え死にする心地がします。

 但し君等の筆労の万一に酬いる為め、向かう一年間、君等の用を支える丈けの、ハバナの巻き煙草を、ハルツウムの領事館まで届けて置きますので、幸いに受け取られよ。」
云々とあり。

 平洲、茂林の両人は、後から鳥尾医学士が万一にも追い掛けて来るのを喜ぶ者では無いが、この手紙の全文を、包み隠さず芽蘭夫人にも示し、又久しく味わうことが出来なかった上等の煙草をも、領事館から受け取った。

 ハルツウムまでの道筋は、前から芽蘭夫人から示されていたが、この先は未定なので更に夫人の指図を待っていると、夫人はここに来て何事か深く考える所がある様に、ナイルの河に添っている小高い丘に、ヨーロッパ人が作った静かな別荘を借りて、帆浦女の外に彼の二人の通訳を連れて之に住み、茂林、平洲、寺森等へは、別にきちんとした宿屋を充行(あてが)ったが、平洲、茂林等も此の先は生死不定の旅なので、ここで暫く身を静かにして、勇気を養うことにした。

 夫人と住居を分かつことは当然の事と思い、唯だ此の先の地理などを聞き合わせるだけであったが、夫人も又その心であるのか、日々その住居へ旅行家を招待し、充分に饗応などして地理などを調べていたが、アフリカに旅行する者は殆どこの所に立ち寄らない者は無く、従って事に慣れた案内者も多かった。

 幾度か探険隊に随行した従者なども多く、招きに応じて来た者は引きも切らず、聞けば聞く丈け、新たな事柄をも聞き出す事が出来るので、夫人は唯だその事にのみに忙がしく、それが為か平洲、茂林等に顔を合わせることは、日々に疎くなって行き、果ては何となく余所余所しく仕向けているのではないかと、疑われる迄になった。



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