巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

ningaikyou74

人外境(にんがいきょう)(明文館書店 発行より)(転載禁止)

アドルフ・ペロー 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

アドルフ・ペローの「黒きビーナス」の訳です。

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      第七十四回  モンパトの地の魔雲坐(マウンザ)王

 喰人国の尽きる所に一泊し、翌朝は殊更に早く出発して、兼ねて目指しているモンパト地方へ入り込んだが、是れこそ曾(か)つて老兵名澤が、芽蘭(ゲラン)男爵に逢った所なので、或いは男爵は、今もまだ此の地方に捕らわられて居るかも知れず、運がよければ意外に早く男爵に逢う事も有ろうかと、夫人は云うに及ばず、他の一同も何と無く心が引き立ち、兎に角も名澤が男爵に逢ったと云うその場所を指して進むと、国境から僅かに四里《16Km》程のところで、ここだと云う所に達した。

 見ると久しく人も住んで居ない為め、柱が朽ちて傾いた一軒の「ゼリパ」があった。此の「ゼリパ」は即ち名澤が番人として逗留した所で、男爵が数日の宿を請うた所と聞くと、何となく懐かしい想いがして仕方が無い。

 一行は暫くここで小休みしようと云う事に決し、その中に入って行くと、芽蘭夫人は日頃の落ち着きにも似ず、手先などが微(わずか)に震えることを隠す事が出来ないのは、心が非常に騒ぐ為に違いない。

 芽蘭男爵がここを出て、果たして何の方角に向かったのか、雲を掴む様な推量であるが、道は唯二筋しか無い。
 一は東南に曲がって、此のモンパト地方の片端を通るもの。一は真直ぐに行って中央を過ぎるものが是である。

 ヨーロッパ人にして此の土地に入り込んだことがあるのは、芽蘭男爵の少し以前に唯だシュウエインハース氏があるのみ。此の人は象牙商人アブデス、アメートと云う者と、老兵名澤を連れて入り込んだが、此の土地の王が、堅く拒んで通行させなかったため、仕方無く引き返し、後に老兵名澤のみが、荷物其の他の番人として踏み留まり、図らずも芽蘭男爵に逢った次第である。

 これはシュウエインハース氏が帰って来て、氏の著書で此の土地の様子が少し分かって来た。此の土地はアフリカ中の強国にして、絶域にも似ず風俗も少し進んだ所がある。王の名を魔雲坐(マウンザ)と云い、配下の臣民百万人と称す。

 魔雲坐(マウンザ)の弟に鐵荊(テツバラ)と云う者有り。兄王の代理として此の国の東南幾方里の部分を支配している。此のゼリパより東南に行けば、弟鐵荊(テツバラ)の支配地に行く事に成り、真直ぐに進めば兄魔雲坐の所に行くことになる。

 芽蘭男爵は両者の何方に向かったのだろうか。素より知る方法は無いとは云え、兄魔雲坐は総体の王であって、弟鐵荊は唯だ一地方を托せられる支配人の様な者なので、兄魔雲坐は良く弟鐵荊の支配地内の事をも知って居るに相違無い。一行は兄魔雲坐の都を指して行った方が好いだろうと、相談が直ちに決した。

 若しも芽蘭男爵が、王魔雲坐に捕らわれて居たならば如何する。王は或いは此の一行を男爵救助の為に来たものと察し、敵と見做すなどの事があるかも知れず、何しろ大事に大事を取り、少しも王を怒らせないことが肝心なので、先ず王へ向け数多の遣(つか)い物を包み、之を通訳阿馬(オマー)と、老兵名澤とに持たせて先に遣った。

 一行はその消息を待つ為めに、ゼリバへ残って待つ事としたが、ここから王の宮殿までは、四里《16km》ほどの道とやらで、阿馬(オマー)と名澤(ナザワ)とは夜に入って無事に帰って来て、王が非常に一行の遣い物を喜んで受け納め、更に一行に早く宮殿の近くに来て、顔を見せよとの言葉を発した事をまで復命した。

 魔雲坐王がこれほどまで打ち解けた事は、何よりの幸いなので、翌日の早朝を以って又ここを発し、数時間でモンパト地方の都とも称すべき、王宮の下(もと)に達し、日の暮れまでに小屋を組み、天幕(テント)を張るなど数日逗留の用意を整え、更に事に由っては、王と如何なる悶着を起こすかも測られないので、名澤が部下の兵士をして、砦の様な者を小屋の四方に築かせ、廿人づつ六時間交代で立ち番をさせる用意などをした。

 王は一行の来着を聞き、此の国の最敬礼である十人の女を送り、之を一夜の伽にせよと云って来た。老兵名澤が前から聞いて知っている所に由れば、此の国の王は後宮に百人以上の妻を囲い、珍客には侍女として之を送る事があると云う。今送って来た十人の女も、此の国ではきっと美人であるのに違いないが、曾(かつ)てボンゴー地方で見た女の様に、丸々しく肥太り、その上に真の裸体であって怪物の趣が有る。

 一行は深く厚意を謝し、名澤を附けて此の女共を送り返し、吾々一行は王の言葉に従い、顔を見せる為めに来た者なので女を欲せず。唯だ早く王に逢う事を欲す。何時拝謁を許されるのかを問わせると、明日の朝涼の間にと答えて来た。一行は事の意外に都合好く運んだ事を喜び、只管(ひたす)ら明日の朝をと待ち受けた。



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