巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

nyoyasha35

如夜叉(にょやしゃ)

ボアゴベ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2012. 5.11

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                 第三十五回

 鼻竹の落ちて来た縁側《ベランダ》には三方に低い欄干(てすり)を回らせてある。彼がもし今一尺(30cm)外の方に飛んでいたら外側に留まる事が出来なくて下の大地まで真逆様(まっさかさま)に落ちて行く所だったが、唯彼の運が強かったのか一尺の違いで狭いベランダに留まったのだ。だが四階と五階の間は殆ど二間半(4.5m)余りもあり、その所を落ちて来て欄干(てすり)に体を打ちつけたので、彼は殆ど半死半生だった。

 耕次郎は是を見て、
 「サア、捕えて巡査に引き渡そう。」
と言う。長々は周章(あわて)もせず、
 「イヤお待ちなさい。引き渡す事は引き渡すが、充分に問い詰めて何も彼(か)も白状させた上でなければ。」
と言い自ら窓の戸を開き、壊れたガラスを押し遣(や)って鼻竹を引き入れようとする。その間に耕次郎は妹鶴子に向かい、

 「和女(そなた)が居ても仕方がない。次の間に退いて居た方が好いだろう。」
と言うと、
 (鶴)「爾(そう)ですとも。私はアノ顔を見る丈でも恐ろしくて身が震えます。」
と言い鶴子はそのまま次の間に隠れた。長々はここへ鼻竹を引いて来ると、彼は体の痛みで容易には顔も上げることが出来なかった。

 「爾(そう)手荒く引かれては腰の骨が折れてしまう。待って呉れ、アイタタタ」
 (長)「待って居る暇はない。もう巡査が遣(や)って来るから。」
 この言葉に鼻竹は一層の力を得て、
 「有り難い。警察の来ないうちに助けて呉れる積りなのか。」
と言いながら初めて顔を上げ、長々の姿を見て、

 「アア手前なら安心だ。俺を助けて呉れるだろう。」
と呟(つぶや)くのは先の夜、馬尾蔵の酒店で一緒に酒を呑んだ事を覚えて居るものと見える。
 (長)ナニ俺が手前を助ける者か、怨みこそあれ恩はないもの。」
 (鼻)ナニ怨み。俺に如何して怨みがある。」
 (長)ヘン公園の踊りの夜俺の指輪を奪おうと思ひ俺を押しつぶしに掛ったばかりか、お皺婆の家までも俺の後を尾(つ)けて来たでないか。

 鼻竹は痛く驚き、
 「ヤヤあの時の印度人は手前であったか。」
 (長)爾と見える。
 (鼻)じゃァ手前は探偵だな。
 (長)ナニ探偵などする様な俺じゃないが。
 (鼻)では俺を助けて呉れ。それとも俺が此の通り警察に追い詰められているのを幸いにアノ夜の怨みを返す積りか。それでは余りに味じけないと言うものだ。男なら俺を放して呉れ。怨みはこの次逢った時に尋常に返されるから。

 (長)口ばかり叩かないで俺の言う事を聞け。手前の様な者を相手にして怨みを返すの何のと言う子供らしい事じゃない。助けてやる事は助けて遣るが其の前に聞く事がある。有のままに返事をするか。」
 (鼻)助けて呉れるなら彼是言わずと直ぐ放して呉れ。今探偵が鍵鍛冶を迎えに行ったから引き返して来ればもう助からない。」

 (長)何と云っても聞くだけの事を聞くまでは。」
 (鼻)好し仕方がない。何でも云おう。早く問へ、早く早く。
 (長)外でもない村越お鞠と云う女を殺した一条だが。
 (鼻)何だ。俺は人など殺した覚えはない。
 (長)覚えがなくとも巡査が来たのはその罪だから仕方が無い。手前が寝台の一方を持ち、通りかかった老人に一方を担がせ手前は旨く逃げて仕舞い、その老人に容易ならない迷惑を掛けた事を覚えて居るだろう。今更何のかのと言い訳を言っても仕方がない。手前がその場から逃げ去って馬尾蔵の家へ入り息継ぎに一杯呑んだことまで詳しく俺は知って居るから。

 鼻竹は暫し考えていたが言わなくては叶わない事と知り、殊に一刻延ばせば一刻だけ我が身の危うさも増して来る場合なので、早くも思い定めたように、
 「ウム、彼(あ)の事か、後で聞けば何とか云う老人が目を潰されたと云うが、可愛そうに俺の身代わりになったのだ。」

 (長)何のことだ、手前の身代わりとは。
 (鼻)爾(そう)よ『まあ坊』は俺が引き返して強請(ねだ)りに来るだろうと思い毒薬を持って待って居る所へ老人が行ったから俺と間違えて毒薬を掛けたのだ。」
 この異様なる話に長々は益々怪しみ、

 「何だと、『まあ坊』は何故手前に毒薬を掛けようとした。
 (鼻)「手前も悟りが悪いなァ。あの人殺しを知って居るのは俺一人だから俺の目を潰して置けば安心だと思ったのだ。俺はその後も『まあ坊』に逢い、既に手前の知って居る通り公園で一緒に踊りもしたけれど『まあ坊』は旨くごまかし、俺を痛める積りではなく老人と知って投げ掛けたと言って居るし、その前にも俺にその通りの手紙を寄越したけれど、俺はわざと馬鹿になり気の付かぬ振りで居る。こうして油断をさせて置いて俺が『まあ坊』殺して遣らなければ先が返って俺を殺す。アノ様な危険な女は生かしては置かれない。」
とすらすら一人で話した。

 既に『まあ坊』がお鞠を殺した事は疑いもない迄に口外したので長々は非常に心に喜びながらもお鞠を殺した下手人が『まあ坊』だと言う事はとっくに知っていたと云わないばかりの顔つきで、
 「だが『まあ坊』は何故お鞠を殺したのだろう。」
 (鼻)それを俺が知る者か。俺ハ唯死骸の取り片付けを頼まれた丈だもの。
 (長)其の経緯は。
 (鼻)こうサ。アノ日の朝無名の手紙が来たから読んでみると金儲けの口があるから今夜十一時にアルツ街まで来て呉れと書いてある。差出人は分からないけれど、久しく外国に行っていた『まあ坊』の字に違いないから、兎も角もと思って夜の十一時を待ち行ってみるとアノお鞠の殺された家の軒下に『まあ坊』が立って居た。

 今度此の家を借りた所何時の間にか誰とも知らない女が此の家の中で首を縊(くく)って居るから警察にへ届けようかと思うが届けて若し疑いが自分に掛れば厄介だから何処へか此の死骸を捨てて呉れ。爾(そう)すれば二百フラン遣るからと言い差し当たり手付けとして二十フラン呉れたから、夫はお易いことだと請合って死骸を見ると首を縊(くく)った者でははなく確かに絞め殺された者だから、俺ハ一時驚いたけれどここが儲け所だと思い、

 「オイ、姉御、この死骸じゃ二百フランで請合われない。誰か外の者に頼みネエ。とこう一本決めて遣ると流石ハ『まあ坊』だ。無言で千フラン呉れたから俺は益々安心し此の後ハ是を種に幾らでも『まあ坊』を絞れる思った所、先も中々上手を越すアバ擦れだ。直ぐに硫酸で目をを潰し再び俺に自分の姿を認められない工夫をして何でも目さえ潰して置けば其の上ハ女の手一つで此の俺を殺す事が出来ると思ったに違いない。」
と淀みもなく述のべた。

 聞く事皆意外なので長々も耕次郎も更に此の後を聞こうとする。

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