巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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         (百三十一) 幽霊の居所

 「私は芝居道に居ただけに、其の様な幽霊を幾らも知って居るのです。画家でも文士でも詩人でも、劇に関係する方が、実入りも良く、又出世も早く、其の上に人の思いもしない役得なども有りますから、我先にと芝居道へ潜り込みますが、其の中でも、田舎行きの芝居へは、都を食い詰めた芸術家が、此の上も無い隠れ家として身を寄せます。

 全く芝居道は魔道で有りまして、一旦之に身を寄せた人は、決して足を洗うことが出来ずに、益々深みへ陥(はま)り込み、果ては俳優や興行主の、奴隷と為る許(ばか)りです。此の様な奴隷が、私の知って居る範囲に、幾十人あるか分かりません。

 其の中の或者などは、堕落の底に達して居て、只一杯の酒を飲ませれば、何の様な依頼にでも応じます。のみならず、己の作品が何の様に成り行ったかなどと、後で問う様な事はせず、酒に酔ったが限り、自分が其の様な作品を作った事さえ忘れ、自分の作品へ誰の名が署せられようが、少しも頓着しないのです。

 その上彼等の仕事は値が安い、貴方の幽霊は詩一篇に一円も二円請求したでしょうが、此の様なのに詩を作らせれば、五十銭銀貨一個でも事が足ります。彼等は色々と下等な蕩楽(どうらく)の為に、或時は煙草の代にも困って居ます。二十銭の収入にでも手を合わせて拝む事も有るのです。
 私は此の様な幽霊を捕らえ、只同様で詩も作らせれば、画も書かせる。小説も作らせます。」

 江南は驚きもし怪しみもし、
 「ダッテ一人でその様に詩も画も小説も出来る人が有る筈は無い。」
 添子は此の言葉に江南の顔を見て唯ニッと笑った。流石の江南もそうと気が付き、極まり悪そうに頭を掻いた。
 添「勿論一人では有りません。幾十人も居るのですから、此方(こちら)の望み通りの筆癖の人が得られますよ。其れは其れは彼等は器用で有って、此方の注文通りに、誰の作でも模倣もすれば贋作もするのです。」

 此の様な調法な幽霊が有ろうとは、江南は思いも寄らなかった。
 江「でも其の様なのは、大した天才では無いだろう。」
 添「所が、本当の天才は、此の様に堕落した不幸な人の中に在りますよ。貴方はご存知の筈では有りませんか。此の世に於いて成功するのは、必ず世間に対する掛け引きの巧い人で、真の天才では有りません。真の天才は、世心が足らない為に、却って堕落し易いのです。」

 こう言われては、江南は一言も無い。
 添「先ア、此の様うな事は実地を見なければ、言葉だけでは分かりませんが、私は何の様な詩でも、画でも、小説でも作らせてご覧に入れます。其れも今申した通り、殆ど只同様の報酬で好いのです。サア何うでしょう。貴方は是から指図に従いますか。」

 江南は我を折って、
 「従うから宜しく頼む。」



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