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島の娘2 (扶桑堂 発行より)(転載禁止)
サー・ウォルター・ビサント作 黒岩涙香 訳 トシ 口語訳
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(二百五) 愚かな空騒ぎを
実に網守子は大胆である。何が何でも是より江南の許に行き、彼を責め立てて、白状させる積りである。
彼が果たして白状するか否やなどと云う疑念は、網守子の心には毛ほども無い。唯白状させなければ置かないとの決心のみである。
「谷川さん、若し私に用が有れば、従妹藤子の家へ電話をお掛け下さい。今日明日は藤子の許に居ますから。」
とのみ云って、小笛と共に立ち去った。
真逆(まさか)に、谷川は網守子が直接に蛭田江南を責めに行こうとは思わなかった。けれど網守子の去った後で独り考え込んだ。
網守子が江南を疑うのは、妙に筋道が立って居る。二十歳に成るか成らないかの少女に、何してああまで辻褄の合った考えが出来るだろうかと、殆ど怪しいほどに思った。取分け蛭田江南が、丁度那(あ)の時、ワルシー市へ行ったのも不思議である。自分は彼がワルシー市へ行くのを確かに認めたけれど、其れを忘れて居た。
網守子の方は何の根拠も無く唯疑って、其の疑いが当たっている。今時の少女は実に恐ろしいとさえ思った。けれど谷川は、何う考えても、到底江南を疑うことは出来ない。其れは江南が、紅宝石(ルビー)を辞退したと云う、大なる事実が有る為である。のみならず竹子を、古江田利八の三女だと云い出したのも江南である。
彼が自分で言わなければ、誰も知る者は無かったのだ。たとえ路田梨英が、二女梅子の孫であると云って出た所で、此の自分が採用しない所であった。是で見ると、何しても江南は戸籍を切り取る筈が無い。
如何にしても江南を疑うことは出来ない。
爾(そ)うすれば路田梨英が仕たので有ろうか。爾うだ、江南を疑わないとすると、路田梨英を疑う外は無い。とは云え、梨英も、其の様な悪事を企み相な男とは、思われない。考えては考え、殆ど時の移るのを知らない程で有ったけれど、谷川の思案は終に定まらい。
「何が何でも江南では無い。と云って梨英でも無い。」
と只同じ疑惑の間を、何時までも迷うのみであった。
此の様に迷うより、早く金庫の中の紅宝石を見れば好いのに。紅宝石が、何時の間にか贋物に替わって居ると分かれば、谷川も合点が行こう。けれど谷川の心に、此の様な疑いは毛頭起こらない。
是で見ると人間のすることは実に馬鹿げた場合が多い。多くの人が悶(もが)いたり疑ったりして居る間に、肝心の宝は既に紛失して居る。其れを確かめようともせずに、此の様に騒いだからと言って何になるか。実に愚かなる空騒ぎでは無いか。
空騒ぎと知らずに、泣いたり笑ったり怒ったり。
若し之を神様の目から見れば、余りの事に、気の毒で仕方が無いであろう。
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