巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

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島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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         (二百五十) 大団円

 網守子と梨英との結婚披露は、殆んど全社会の人気を、引き集めたかと思われるほど盛んであった。招きを受けた人で、誰一人欠席したのは無い。爾(そ)うであろう。妻は幾百年来の古宝物を伝えた、驚く可(べ)き旧家であり、夫は唯一回、王国美術展覧会に作品を出して、忽ち芸術界の名誉を、一身に引き集めた大天才である。

 両人別々に現れたとしても、充分世間を驚かせるに足る筈だのに、此の両人が、突然夫婦として社交界に打って出たので、宛(あたか)も、大なる彗星の出現した如くにも思われ、二人の近づきと為らない人は、肩身が狭い様に感じられた。

 披露は数日の間続いて、唐崎夫人や藤子親子、捨部竹里などは、相談役の様に、又世話役の様に掛け引きし、孰(いず)れの点に於いても、新夫婦の光を引き立てる様に務めた。
 披露の会が済んで後も、日夜に訪問の人が絶えない程で有ったが、唯谷川弁護士のみは音沙汰が無かった。

 新夫婦は、成る可く昼間は展覧会に行き、夜は客に接する様にしたが、展覧会の場内に於いても、多くの人に擁せられて、十分には絵画を見ることの出来ない場合もあった。
 其のうちに柳本阿一の戯曲が、ヘイマーケット劇場で興行せられる事と為った。

 名も無い田舎者の処女作が、此の様な劇場に採用せられる事は、殆ど稀有の例であるけれど、曾(かつ)て網守子の住居で試演せられて以来、第一流の劇評家が、近来の傑作であると鑑定して、次第に評判が伝わったので、遂に興行主の心を引いたのである。

 是れで戯曲者としての柳本阿一の位置も定まった。もう金銭などに不自由をすることは無い。此の上は、唯出世する一方であろう。此れに従い、妹小笛も兄の補助者として忙しい身とはなった。
 此の興行の幾日めの夜に、路田夫婦は柳本兄妹を伴って、見物に出掛けたが、此の四人の居る特別席は、殆ど満場の視線を引き、豪光を放つかと疑われた。全く一季節の人気を占有した様であった。

 其の翌日の朝、谷川弁護士は、梨英の許へ尋ねて来た。彼は眼も落ち込み、色も青醒めて、余ほど苦労した様子が、顔の表に現れて居るけれど、其れでも隠し切れない喜びを浮かべて、
 「何うぞ是をお受け取り下さい。」
と言って、鰐革の嚢(ふくろ)のまま、紅宝石と鑑定書とを差し出し、続いて其の仔細を説明した。

 今から数か月以前、英国から米国へ船の出る所で、以前から、其の筋の目を付けて居る、宝石専門の詐欺師が捕らわれ、其のまま牢に入れられて居たが、彼の荷物の中に在る紅宝石が、鑑定書に依り、谷川の保管の品であると、明白に証明せられた。唯之を此の詐欺師に売り渡した添子の行方が分からない為に、谷川は非常に苦心したが、添子は江南と共に、豪州行きの船に乗り込み、海上で破船の為に、夫婦とも溺死者の数に入ったと分かり、漸く宝石が谷川の手へ下げ渡されたのである。

 是で梨英は、先祖の賜物が、無事に自分へ回復されたことを喜び、直ちに前の宝石商に売り渡したところ、前よりも相場が上がって居た為、結局、詐欺師の手に渡って居た間だけ、値打ちが加わっのであった。

 今は梨英は英国第一流の画家とし、網守子は社交界の大達者として、共に名声が輝いている。

島の娘(終篇)終


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