巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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         (八十二) 肝腎の一人が来ぬ

 小笛の度胸が漸く据わったころ、客は続々と来初めて、早や談話室の方から笑い声や話声が聞こえて来る。
 本当を言うと、試演会は、余(あんま)り人の受けの好い者で無い。大抵のマチネーが、玄人(くろうと)芸とは比べ者に成らないのが多いので、戯曲と言っても音楽と云っても、来客は余程欠伸(あくび)を我慢する気で居なければ成らない。だから、第一流の劇通とか批評家とか言う人達は、試演会から案内を受ければ、自分では出席せず、自分の弟子同様な後進者を代理として出すに止まる。

 所が今夜の試演会は、代理で無く本人が多く来て居る。其れは一方には捨部竹里の尽力が行き届き、又一方には蛭田江南が、自分の勢力を見せる為め、大いに運動したのである。
 それに藤子の父、寒村男爵の勢力も少なからず加わって居る。

 けれどそれよりも更に引力と為ったのは、近々成人に達する、大資産家の令嬢、網守子の名前である。美人と言い、大金持ちと言い、未だ婚約が定まっていないと言い、その上に音楽の妙を得て、その他総て美術趣味に富んで居るなど言う噂が、多くの人に、何の様な女だろう、見て置こうと言う様な好奇心を起こさせた。
 序(つい)でながら記して置く。網守子の後見人谷川弁護士も出席した。

 やがて番組を兼ねた印刷物が、来客の手へ其々渡された。その中には荒筋と、網守子が今夜唱(うた)う、詩の本文なども記されて有る。
 来客は之を見つつ、各々設けの席には着いたが、何うした者か、網守子が今夜の肝腎の客と思って居る、蛭田江南が未だ見えない。彼は中々忙しい身体だから、或いは用事の為に後れたのか、其れとも全く欠席するのか。
 暫くの間網守子は、様子見をして待って居たけれど、そう永く待つ訳にも行かないから、仕方なく彼無しに試演を始めることにし、先ず自ら立ち上がって、口上を述べた。

 「今夜、皆様にお出でを願いましたのは、私の親友、柳本阿一の作った戯曲と、其の妹、小笛嬢の詩を鑑賞して戴き度いので有ります。戯曲は彼の処女作で有りますが、処女作ながらも、私しは皆様の御意見を伺うに足ると思います。時代は十六世紀に取り、場所はイタリアと言う事に成っては居ますが、実は時代も場所も無い人形劇で有りまして、今の世の此のロンドンの出来事と御覧下さっても宜しいのです。俳優は作者自身が、この戯曲作りの為に用いた人形で有りますが、却(かえ)って当人の苦心が、分かるだらうと存せられます。」


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