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妾(わらは)の罪

黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2012.12.16

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  妾(わらは)の罪    涙香小史 訳   トシ 口語訳

                 第五回

 洲崎嬢は妾(わらわ)がムッと怒ったのを知らないと見えなお遠慮も無く言葉を続け、
 「こんな嬉しい事はありません。今まで諸所の夜会に出て色んな方と踊りましたが、こちらほど良い客ばかり揃った所は無く、又村上さんほど私と足拍子の合う方はありません。」

 妾は胸がムカムカし、
「オヤオヤ、踊り方を知っている人なら誰にでも足拍子が合いましょう。私は又足拍子の合わないなどとは聞いた事がありません。」
と遣(や)り込めると、
 「ナニ、貴方、背丈(せい)が高過ぎたり低過ぎたり、丁度踊り具合の好い方は余り無いものです。村上さんとならば一生涯でも踊って居たいと思いますよ。」
 (妾)貴方がそう思っても村上の方で何と言いますか。

 この一言で嬢は妾が村上を愛する事を見て取ったか、同じく少し嫉妬の念を兆したようにその顔を赤くして、言葉の調子さえ変わって来て、
「ナニ、村上さんが何と思いますものか。私とならば何時でも踊りますよ。昨夜だって私とばかり踊っていましたもの。貴方がお引きなさった後でどの様に踊りましたろう。私はもうこれほど嬉しい事は無いと思いました。」

 (妾)それは貴方、村上は紳士ですもの。令嬢から一緒に踊ろうと言い出せば恥をかかせるような事はなさらないでしょう。令嬢に恥をかかせては紳士の作法に背むきますから。上辺に見せなくても腹の中では不躾な女だと思っていますか知れないというものです。
 「ナニ、その様なことを思いますものか。思ったなら何とか口実をこしらえて断りますワ。それに今朝なども直ぐに私の所に来て冗談話に時を移し、それから一緒に外へ出て今までも一緒に遊んでいましたもの。」

 一緒と言う言葉に一々力を入れるので、妾は悔しさに我慢がならなかったが、嬢が外へ出て村上とどの様な事をしたのかそれを探り聞こうと思ったので、
 「オヤ、それほど村上と仲が好ければ何故一緒に連れ立って帰らなかったのです。」
 (嬢)でも話をしているところに生憎貧民の娘が病気だと言って迎えに来ましたから、村上さんは止むを得ず私に分かれて行きました。
 (妾)では村上の心では貴方より貧民の娘を大切に思っていると見えますね。貧民の娘などと見代えられては詰まらないではありませんか。

 この言葉には嬢もグッと怒り、
 「オヤオヤ、貴方は変な事を仰(おっしゃ)るではありませんか。村上さんが何時私を貧民の娘と見代えました。何時。」
と言いながら妾に迫り寄る剣幕である。妾もここに至って後へは退かず、
 「タッた今貴方の口で仰ったではありませんか。貧民の娘から迎えが来てその方へ行ったと言って。」

 (嬢)それは貴方、先は病人ですもの、仕方が無いではありませんか。だからイヤイヤ行きましたワ。
 (妾)イヤイヤと言うのが好く分かりますね。
 (嬢)それは分かりますとも、村上さんの心は私の心も同じですもの。多分これが後々は夫婦になると言う瑞祥かも知れません。
もし村上さんから夫婦になると言えば私は直ぐに約束を結びますよ。

 妾はわざと高笑い、
 「コレは可笑しい。ナニ村上がその様なことを言いますものか。」
 (嬢)イエ、言いますよ。言いますとも。貴方のお父さんでも古川男爵でも私と村上さんを夫婦にする積りですもの。それだから昨夜なども、私が村上さんとばかり踊るのを何とも言いません。今夜も私は村上さんとばかり踊るから御覧なさい。誰でも私の許しを得ないで村上さんと踊でもすれば許しませんから。

 早や村上を我が者顔に言う面憎サ、この言葉は妾に向かい村上と踊れるものなら踊って見よと喧嘩を買うのと同じなので妾もその気になり、
 「ナニ、村上と踊るのに誰が貴方などに断るものですか。貴方が何と言っても村上は誰とでも踊りますヨ。」
 (嬢)それなら貴方が村上と踊って御覧なさいな。決して私が踊らせませんから。

 (妾)これは面白い、踊りましょうとも。貴方にこそ村上とは踊らせません。後で赤い顔ををなさらない様に。
 (嬢)「イヤ、貴方こそ悔しいの何のと仰るな。村上は私の物です。それを横合いから取ろうとするのは貴方の無理ですから。」
と嬢は荒々しく言い捨てて立ち去った。今から思えば妾は村上とは秘密の間柄なのにこの様にはしたなく言い合ったのは実に浅はかの極みであった。

 しかしこの時は唯嫉妬の一念に心暗く、遠慮も会釈もなかった。嫉妬ほど恐ろしいものは無い。そうして妾(わらは)は洲崎嬢が立ち去った後で悔しさに歯噛みをしながら一人つくづく考えてみて、今夜こそはこの悔しさを晴らす時だ。村上を我が傍に引き付けて一寸の間も嬢には貸さない。引き付けて居ても父は日頃、妾と村上の親しい間を知っているので秘密の恋が有るとは悟らないだろう。村上も妾を深く愛する者なので今妾から一封の手紙を送り、この心を伝えて置いたなら、嬢の傍にはきっと立ち寄らないに決まっていると妾は直ぐに筆を取り村上に宛てた一封を書き認めた。

 その文、
 「最愛の村上よ。御身は昨夜彼の嬢と永く踊って妾に嫉妬の念を起こさせた。妾は今日は嫉妬の為胸も塞(ふさ)がっている。今夜は何事があっても、又誰が何と言おうとも嬢の傍に立ち寄らないように。嬢と言葉を交わさないように。嬢から口を開いたら、唯返事をするだけにしなさい。妾の傍にだけ居て妾とだけ踊りなさい。御身もしこの言葉に背き嬢と踊る事があったら妾は御身を心変わりをした者と見なします。そうみなして御身に後悔させます。」
と記した。

 ほとんど脅迫の文句である。これを封じて腰元を呼び、直々に村上の手に渡して来なさいと言い付けて行かせた。妾はこれで安心した。これならば洲崎嬢にひけを取る心配は無いと心さえ軽くなりこの日は気分好く過ごした。やがて夜になり追々賓客が集い来る刻限に近づいて来たので妾は昨夜とは衣服を変え、嬢を押し倒すばかりに着飾っていち早く広間に行くと、嬢も妾に劣らず装いを凝らし、妾より先にここに居た。

 特に嬢は村上が来たり次第に捕らえて踊ろうとの意気込みで、少しの間も入り口から立ち去らず、妾は又手紙まで送ったことなので十分に落ち着いてわざと離れた所に陣を取り、村上が嬢を押し退けて一直線に歩み来る様にと足場を図って高く留まっていた。このようにしているうちに追々集い来る客に混じって村上が入って来た。

 流石は恋人の敏き眼で村上は敷居の外から早や既に妾に目配せしたが一足入ってたちまち嬢に捕まった。しかし妾は少しも騒がず今に大勝利を見せてやると唯村上が嬢を切り抜けて来るのを待つうち、これはどうした事か、村上は昨夜のように又も須崎嬢と踊り始めた。

 待てども待てども踊って止まず。アア村上は全く心変わりをしたのか。妾は嬢に負けたのか。憎い嬢、悔しい村上。妾は狂人の様になった。勝ち誇った嬢の様を見るのが我慢できない。妾は心の中が火のように猛り狂って、我が部屋に帰って来た。アア、如何したら好いだろう。

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