巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面116

鉄仮面    

ボアゴベ 著  黒岩涙香 訳  トシ 口語訳      

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                 第百六回

 一方、牢番セント・マールスはカスタルバ夫人バイシンの口のうまさに丸め込まれて、無事に夫人を送り帰してはみたものの、後でゆっくり考えてみると、怪しいことが益々思い浮かび、パルマー国の未来の王妃とも言われる人が、理由もなくこんな山の中に遊びに来ることなど例の無いことだったので、国王と掛けをしたなどと言って囚人と面会をしたがるのも怪しかったし、又囚人と夫人との様子にもいろいろと腑に落ちないこともあった。

 また永年神妙に仕えていた洗濯女まで大事な囚人と通信をしようとするなど、それやこれやを考え合わせると、今さらながら心配でしょうがなかった。疑えば疑うほど益々自分の油断を悟り、今夜にでも誰かが外から牢を破って囚人を盗みだそうとするものが居るような気がして、しっかりと用心しなければならない時だと気が付き、夕方から兵士の中の強そうな者を十人を集め、これを二人づつ五組にして、砦の四面と外の遠見の場所一カ所に立ち番させ、これならばどんな敵が忍び込んで来ても、捕まらない気使いはないとやっと安心した。

 しかし、更に考えてみると、立ち番の兵士がもし居眠りでもしては何の甲斐もない。眠気の催す頃を見計らって自分もひそかに見回らなくてはならないと、夜の十二時までに早二回も見回ったが、どの兵士も思ったより真面目で、我が忍び足の音さえ聞きつけて来て、誰だととがめるほどだったが、更に励まして置き、更に二時近くになった頃、三度目の巡回を始める頃は夜はしんしんとふけて、ものすごいほど静かで、牢など破るくせ者がいようとは思われなかった。

 だが、何分にも気にかかるのは堀に向かっている囚人の部屋の窓付近なので、まずはその辺を目指して行ったが、既に番兵が立っている所から百歩ほど過ぎ、塀の間近くに行ったとき、上の方から異様な物音がするのを聞き、さてはと彼は驚いて、すぐに足を止め、空に透かしてながめて見ると、高さ十五メートルにも近い大塀のてっぺんからぶら下がっている黒いものがあった。

 そろりそろり下りて来るのは、聞かなくても分かっているくせ者なのだ。セント・マールスは髪の毛が逆立つほど腹を立て、番兵の目をかすめてこの様に大胆な事をするのは何者だ、おのれ、足が地につかない中にすぐ組伏せて引っ捕らえてやるぞ、と闇に目を光らせる暇もなく、早くも地上三メートルほどの所まで下りて来たが、敵もさるもの、何かの気配でこの気合いを感じたらしく、更にまた逆戻りを始めて空の方へと上りはじめ、みるみるうちにまた四、五メートルも上って仕舞った。

 ここにきてはもう容赦はしない、セント・マールスはただ腹立たしさに気も動転し、肩に掛けていた鉄砲を取るより早く、くせ者の黒い姿を狙いズドンと一発打ち放った音は、静かな四方の山々に響いてものすごかったが、狙いが外れたと見えてくせ者は落ちてこなかった。しばらくして銃口の煙も消え去り再びその姿が見えるようになったときには彼は早くも塀のてっぺんより一メートルも上にいた。先方も今は必死と見え、そのもがきながら昇る様子は夜でもはっきり分かった。セント・マールスは益々あわて、二の弾を込めながらも今は自分の声もおさえられず、「おやおや、くせ者め、鉄仮面かと思ったらそうではないらしい、鉄仮面の部屋の窓よりもっと上に昇って行くぞ。

 あの縄は何処から来ている。まるで天から下がっているようだぞ、あっ、分かった、塔のてっぺんの欄干に結んでいるのだ。そうだそうだ、何でも侯爵夫人の手下がボヘミヤの百姓ブリカンベールか鉄仮面を救い出す積もりでいるのだ。牢へ忍び込む事は出来ないから、守りの手薄な塔の上階に行き、そこから縄を垂らして牢の窓の前に行き鉄仮面と何か話をしてそれから下がって降り、逃げる積もりでいたな。ええ、番兵も役に立たない。はてな、こいつは侯爵夫人がいつの間にか番兵にまで賄賂をやったのだな。」と口のはしから泡を飛ばしてようやく二の弾を込め終わり、今度こそはと十分に狙いを定めようとしたが、くせ者はもはや体の力が尽き、一歩も昇ることが出来なくなったと見え、はるかな天辺でブラリブラリと身を動かしブランコを始めた。

 彼は再び撃たれるのを恐れ、狙いが定まらないように体を動かしながらその気力を蓄えているものと思われる。このような危険なときに、この様に落ち着いて行動するのはなんと大胆な男だろう。インドかトルコ辺りの行者か東洋の軽業師でなければ誰がこの様なことが出来るだろうか。セント・マールスは敵の体が動くのに連れ、筒先を前にやり後ろにやりして狙ったが狙いが定まらず空しく狙い回すだけだった。

 なかなか撃てずにいると、ここへ今の銃声に驚いた番兵が左右から駆けつけたので「さあ、誰でも良いから彼を射落とせ、射落とした者には褒美をやる。」と励まし立てる声に答えて、五、六人の者達が思い思いに空に向かって射掛けると、哀れにもその中の一発がブランコしているくせ者に当たったと見え、アッと一声叫ぶまもなくひらりひらりと落ちて来て、一同がいる所から二十メートルくらい離れた地面にたたきつけるように落下した。これはその体を揺らしていたため、動く縄に投げられて遠くに落ちたのだ。

 セント・マールスは一同の者達と一緒にそこに駆けて行き、番兵の持っているランプで照らしてみると、無惨にもそのくせ者の体はずたずたに砕け、血に染まって誰なのか見分けがつかないほどだったが、良く良く見るとあの洗濯女バアトルメアの夫である軍曹アリーであった。彼はトルコに生まれ、千軍万馬の間で育ち、人の数人分の胆力があったので、死に直面しても落ち着いて天辺にその体を揺り動かしたが、ついには射落とされて、ここに一命を落としたのは仕方の無いことであった。

つづきはここから

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