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黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面120

鉄仮面    

ボアゴベ 著  黒岩涙香 訳  トシ 口語訳     

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                 第百十回

 この時からバンダはブリカンベールと一緒にチュウリンのある町に、ささやかな家を借りてここに住み、コフスキーは又約束の通り人足となってピネロルに行ったが、砦に雇い入れられることは出来なかったので、中の秘密もなかなか簡単に知ることは出来なかった。ただ番兵らの噂話では、あの牢番セント・マールスはアリーのくわだて(企て)があってからは、一層慎重になり鉄仮面の囚人を穴倉に押し込めて、今までよりさらに厳重に取り扱っていると言うことだ。

 この様にしてこの年も暮れようとしている頃、セント・マールスは少し出世をしたと言うべきか、ピネロルの砦からホルト・ド・エキジールの砦に移された。それで彼は途中で鉄仮面を奪おうとする者が有るのを恐れて、誰にもその事を教えず、自分から二、三の腹心と一緒に、鉄仮面を厳重な網を掛けた乗り物に乗せ、夜の中にこっそりとここを立ち去ったので、さすがのコフスキーさえも後になってこの事を聞き、空しく驚くばかりだった。

 もっともエキジールはピネロルから二十キロメートル位しか離れていない所なので、コフスキーもそれを追ってすぐにそこへ移って行ったが、まだ雇い入れの機会がなく、空しく四年の年月を送る中、砦で少しばかりの工事を始めた。この時初めて他の人足と一緒に砦に出入りすることとなったので、コフスキーは何とかしてセント・マールスの目にとまるようにと、朝は人より早く出て来て、夜は遅くまで居残りをして、必死の努力をして働いたところ、その努力は無駄にならず、この時から何ヵ月も経たない中に、ようやく兵卒の中に入れてもらった。

 兵卒から伍長、曹長などという、役付きに取り立てられて、多少の秘密が分かるところまで、セント・マールスに取り立てられるのは、なかなか容易ではないが、前にアリーが重く用いられたことを考えれば、自分もその通りに行かないはずはない。もし行かなければ自分の働き方が足りないからだと、益々勉強する以外はないと、夜もろくろく寝ないで努力した結果、二年後に(1687年)セント・マールスはまたも転任し、プロボンの海岸にあるセント・マーガレツト島に移された。

 この時もセント・マールスは、十分な注意を払い、自分の転任する先を誰にも知らせず、ただ転任とだけ言って、静かにその用意を始めたが、コフスキーはまだ一兵卒のままだったので、もちろん秘密など聞き知ることは出来なかったが、ただこれらの様子から、何でも又転任に違いないと見て取って、密かにバンダとブリカンベールにあてて、いよいよ転任地が分かり次第再び連絡するから、その時には途中の様子を考えて計画し、何処か適当なところで、鉄仮面を奪い取れと言い送った。

 しかし、転任先はセント・マールスが誰にも他言しなかったので、これを知ることはほとんど鉄仮面の名前を知ることより難しく、空しく出発の日となった。コフスキーはがっかりして、この調子では何年セント・マールスに使われても、ついに目的を達成することはできずに終わって仕舞うと、ほとんどあきらめかけたが、いよいよ出発の間際と言うときに、セント・マールスから呼び出されて、かって人足だった事から、鉄仮面運搬用の担架かつぎ係の部に配属された。

 担架には大事な囚人が乗るから、よく注意しろと言い渡されたので、さては我自らが鉄仮面をかついで行くことになったか、「待てば海路の日和かな」とはこの事だ、良いことがあるものだと、今までの絶望に変わって密かに勇み立ち、恐る恐る「何処まで、かついで行きますか」と聞くと、セント・マールスは早くも目にかどを立てて、「そんなことは聞かなくてもよい。俺が馬に乗り真っ先に進から、その後について来るのだ。毎日三十キロメートルづつ旅をする用意さえすればそれでよい。」と言い渡した。

 一日三十キロメートル、何日掛かるか分からないが、これ以上聞けないので、ただ頭を下げて退出したが、担架と言うのは厳重に閉ざして網を掛けた乗り物で、六人でかつぎ上げる、非常に重いものなので、コフスキーが一人でかついだまま逃げることもできないものだった。一番前にはセント・マールスが護衛とも言うべき二十人ほどの兵隊を連れて進み、担架はそのすぐ後ろを進み、さらにその後ろには又、砦の副長以下多くの兵士がついて来るので、よしんば五人や十人の加勢があっても、この囚人を奪い取ることは考えられなかった。

 小休止するにもセント・マールスが付きっきりで、宿に着いてもこの乗り物をセント・マールスが寝る部屋に入れて、食事もセント・マールスが自分で戸の鍵を開けて、手ずから差入れてやるほどなので、他の者は鉄仮面の衣類の端さえも、盗み見ることは不可能だった。このようにして何日かの旅をしたあと、ようやくセント・マーガレット島に着き、初めてここが転任の地で有ることを知らせたが、鉄仮面は又穴倉の底に閉じ込め誰にも見せなかった。

 コフスキーはこれらの事を、事細かにバンダへ知らせてやったが、バンダも余りの用心に驚き、こんなことをして空しく待っていたら、そのうち鉄仮面は獄中で死んで仕舞うかも知れない。もはやいたずらに待ってはいられない。コフスキーはそのままセント・マールスに付かせておき、自分には自分でやってみる考えがあると言って、あのブリカンベールをつれて、バンダは再びパリに入り込んだ。これは1691年で、ピネロルを去ってから十一年後の事であった。パリでバンダはどんな事をしようとしているのだろうか。
    
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