巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面84

鉄仮面

ボアゴベ 著  黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

下の文字サイズの大をクリックして大きい文字にしてお読みください

文字サイズ:

更に大きくしたい時はインターネットエクスプローラーのメニューの「ページ(p)」をクリックし「拡大」をクリックしてお好みの大きさにしてお読みください。(拡大率125%が見やすい)

since2009.8.3

今までの訪問者数793人
今日の訪問者数1人
昨日の訪問者数0人

              第七十五回

 部屋の中のランプの明りに、ガラスごしに中をのぞく恐ろしい怪物の顔がハッキリと見えたので、さすがのバイシンも、ものが言えないほど驚いて、ほとんどその場に立ちすくんだ。

 しかし、オリンプ夫人のように度胸までは失わなかったので、すぐに勇気をだして、窓の側についと寄りつきながら、片手に毒薬の瓶(ビン)を持ち、最悪の時は振りかけようという勢いで「誰だ。」と言いながら窓ガラスを引き開けると、この間に怪物は黒い頭巾でその顔を包みながら、闇の中に消え去った。

 バイシンは更に注意深く庭を隈(くま)なく見渡したが、夜が暗く見分けるのに困難なので、彼がまだその辺に潜んでいるのか、そのまま立ち去ったのか、それとも煙のように消え去ったのか、どちらなのかは、はっきりしなかった。

 それどころか、何しろ一瞬の出来事だったので、彼が本物の人間なのか、あるいは又、何処かに掛けてあった額面などがガラスに反射して恐ろしそうに見えたのか、どちらだったのか分からないくらいだったので、バイシンは「ああ、」と言って窓を締め、再びガラスを見直したが今はその影も見えなかった。

 初めは本当の実物と思ったが、今は早くも自分の心を疑って、気のせいか、神経が高ぶっていたせいではなかったかと、半信半疑で迷うばかりだった。オリンプ夫人は余りの恐ろしさに物を言う力までなくしてしまったようで大きく見開いた眼でバイシンの顔を見つめ「これバイシン、逃げて行こう、さあ、逃げていこう。」と言いしっかりバイシンの手を握った。

 「逃げようとは何処へ?」「何処へと聞かれても、この死体の側に居るからあの様な事が起こるのだよ。さあ、何処へでも逃げて行こう。」 バイシンはわずかに顔色を取り戻し、「逃げて行かなくても、向こうが私を見て逃げだしたでは有りませんか。私の側にいれば大丈夫です。」

 「だって、今のが幽霊だったら大変だよ。ナアローさん(と早、さん付けして)はあの様な人だからきっと化けて出て来るのだよ。」と震えおののくのも無理はない。当時は今の世の中と違い、世間一般に幽霊の出ることが信じられており、中でもオリンプ夫人は神経が細い人なので、恐がることは人一倍だったのだ。バイシンは次第次第に落ち着いて来て、「さあ、幽霊ならこの上もない幸せですが、」と半分言うところで、全てを聞かずに「幽霊ならなぜ幸せなの。」

 「私はあれが本物の人間で有ることを恐れているのです。」「なぜそのような心配をするのだい。 まだこの通り夜が明けるまでには間がある。それまで私はどの様にして夜を明かそう。」「あれが本当の人間なら、我々は大事な秘密を見られてしまいました。彼がもし政府に行って、オリンプ夫人の屋敷の中でナアローの死体を扱っていたと訴えたら、私達はどんな目に会うでしょう。」

 「たとえ政府に訴えなくても世間の人に話したら、「悪事千里を走る」のたとえが有るように、我々がナアローをさらった事は明日にもパリ中の噂となり、すぐに政府の耳に入ります。」

 「今の者が何者か少しも見当はつきませんが、バンダさんもいつかあの様な怪物を見たような事を話していました。それはともかく、あれが人ならこの屋敷に入り夜中に中の様子をうかがのは何かそれだけの目的が有るでしょう。」

 「事によると政府の探偵の一人かも知れません。」「だから、バイシン、すぐに逃げよう。」「逃げようと言われても何処に逃げますか? まだバンダさんを救いに行った三人も戻ってはおりません。どうしても夜明けまではここに居なければなりません。ですから貴方はもう寝所にお入りになった方がよろしいでしょう。私がお送り申し上げましょう。」と押し返したが、どうしてただ一人で寂しい寝所で夜が明かせようか。

 「それではもう仕方が有りません。」と言い、力なくこの部屋に留まることになったので、バイシンは再びナアローの死体に向い、解き始めた縄を解き始めると、彼の体は全くの死骸だった。縮んだ手は縄を解いても伸びず、バイシンは気永にそろそろとその節々を撫でて引き延ばそうとしたが、オリンプ夫人の顔は恐ろしさで土気色だった。「これ、バイシン、もし、その死体が生き返らなかったらどうする。」

 「生き返らなかったらそれまでです。どうもしようが有りません。」「生き返らなくて、今のような幽霊が付きまとったなら、私は三年も経たない中にとり殺されます。」

 「そんなことは有りません。それに、大抵生き返りますから、ご心配はいりません。」と口では軽く言ったが、彼の死に様の余りに完全なのを見ては、少し心配になって来た。かってエキジリを墓から堀だし、四十時間経ってから生き返らせた事は有るが、心の何処かで、エキジリの死体と、この死骸は何処となく死に様が違うように感じた。

 この死骸がこのままで生き返らなかったら、鉄仮面の秘密は遂には知る方法もなく、何処とも分からない牢の中で彼を苦しみ死にさせる以外に方法は無いだろう。

 この様に思うと、自分の失敗は本当に許されることではないので、いっそのこと、三十時間も待たないで、今の中に生き返る薬を飲ませ、彼の命を呼び戻して見ようかと思ったが、初めからの計画では三十時間たった後で呼び返そうと決めていた事なので、今更それを変更するのも心残りなので、そのまま彼の手足をなでのばし、側の壁の隅に引いて行って、横に寝かせ、白い布でその上を覆いかぶせた。この様にしてバイシンが初めてほっと息をついているところに、忙しく入ってきた人がいた。

 すなわち、誰かと思えば、これはコフスキーだった。彼はほとんど目が真っ赤になっていたので、バイシンは心配して「バンダさんが居るところが分かりませんか?」コフスキーは慌てふためき、きょろきょろと部屋中を見回しながら、「いや、居るところは分かりました。貴方の推量に違わず、ナアローの屋敷の穴蔵に隠されていたのですが、我々とただの一足違いで、何者かがさらって行ってしまいました。」

 バイシンも夫人も一様に「ええ、なんと」「我々の考えでは、あるいはルーボアからの使えでも来て連れて行ったのかと思いますが、何しろ皆目その行方が分かりません。」

 「それはまあ残念な事を」「残念より何より、私は悔しくてたまりません。こうなればバイシンさん、もう三十時間の四十時間の気の永いことは言ってはおれません。

 すぐにナアローを生き返らせて貰いましょう。事によるとナアローがさらわれたことが、もうルーボアの耳に入り、そのためバンダ様が他へ移されたのかも知れません。ですから我々は、このようにしていることさえも危険です。

 何だかもうその筋の探偵が、後ろに附いているのではないかと思えるほどですから。さあ、すぐに、すぐに生き返らせて貰いましょう。いえ、何とおっしゃっても、この上猶予することは出来ません。またナアローに白状させる以外に方法が有りません。彼が生き返りさえすれば、まだいろいろと聞くことが有りますから。」と息せき切って言う言葉には必死の決心が込められていた。

 バイシンもこれには言い争うことも出来ず「仕方が有りません。生き返るか生き返らないか、とにかく生き返る薬を飲ませてみましょう。」と言い、またもポケットから一瓶の薬と注射に使う管のような物を取り出した。この結末はどんな事になるのだろうか。

つづきはここから


a:793 t:1 y:0

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional

巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花