巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面92

鉄仮面

ボアゴベ 著  黒岩涙香 訳  トシ 口語訳 

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                 第八十三回

       
 コフスキーとアントインの二人は、あの二十五万円の窓からしばらく無言で、刑場のあちらこちらに満ちている群衆をながめていたが、やがてアントインが非常に満足そうに、「ああ、この様子では政府の護衛がいくら多くても恐れることはない。見なさい、コフスキー君、何処から何処まで、我らが雇った者達が、入り込んでいるではないか。ここで君が合図をすれば、一同がすぐに護衛兵の前に立ちふさがり、その間に僕とアイスネーがバイシンをひっさらって、群衆の間をくぐり抜けて立ち去るのだから。

 それに群衆の中には、到るところに我らの仲間がいて、彼らが群衆を扇動(せんどう)して騒がせ、我らが逃げるのを助けることになっているから、万が一にも失敗する心配はない。」コフスキーは心配そうに「それはそうだが、我らへの加勢と言うのが実は金で雇ったあぶれもの達で、この辺に住んでいる泥棒やスリ達だから、人数ほどは頼りにはならないよ。余程用心して掛からなければ」「それはそうさ、この辺のごろつきまでを集めたのだから、少しも油断は出来ないさ。けれど中には又アイネーが、壮士隊の隊長でいた頃の手下が二十人ほど混じっているから、それらはまんざらのゴロツキとも違い、いくらかは役に立つだろう。」

 「なに、壮士隊というのは、つまり食い詰め者達で、別にアイスネーに恩義を感じたとか、義理になついだとか言うわけではないから、余り当てにすると失敗することになる。何でも君と僕とアイスネーの三人でやる積もりでいないと、肝心なことに失敗して仕舞うよ。」「そうとも、先ずその積もりで僕は十分に準備をしよう。では合図を宜しく頼んだよ。」「よいとも、合図だけは十分にうまくやるから安心し給え。」「分かった。君がここから大体の様子を見て合図をすれば、それに応じて僕とアイスネーがそれぞれの号令を伝えるから。」とこんな事を言いながらアントインが立ち去ると、間もなくこの家の主人に案内されて、この二階に登って来た客がいた。

 これが先約でこの窓を借りた、ぜいたくな人かと思うと、折の悪いところにやって来たものだと、コフスキーが腹の中でつぶやいたが、仕方の無いことだった。その中に主人は、ぜいたく家をコフスキーに引き合わせるように、「この人が前に申し上げました、田舎から出てきたお客様です。他に客がいても構わないと言うことですから、どうぞ御一緒にご覧下さい」と言う。

 コフスキーもなるべく自分の本性を見破られないようにと、心で思っていたところなので、十分に顔つきを穏やかにして、「いや、貴方が借り切っているところへ、後から来てお邪魔をするのは、本当に失礼しますが、他にここほど好く見える窓が無かったものですから、それに貴方のおいでが遅かったものですから、もし何かの用事でも出来て、おい出にはならないのではないかと思いまして、主人に無理に頼んで、半分だけ貸して貰いました。」と言うと客も案外に気軽な人で、「いや、こんな時は、少しでも好く見える所を借りたいのは、誰でも同じ人情ですから、そのごあいさつには及びません。お見受けしますと、貴方もひとかどの紳士ですから、かえって私も幸せです。一人で見るよりも、相手があって酒でも飲みながら見る方が、楽しくて好いものです。これ亭主、一番上等の酒を二、三瓶持ってきてくれ。」と命じた。

 人の死刑を酒を飲みながらながめるとは、鬼にも等しい行為なので、コフスキーはしゃくにさわったが、それに文句を言う場合ではなかった。これが世の中の人情だろうと、何もかもあきらめて先ずその人の顔を見ると、なるほど田舎の豪商らしく、身なり持ち物は非常に立派で、全体の振舞いも何処となく上品だった。しかしどことなく見覚えの有るような顔だったので、今までにどこかで会った事がある人ではないかと、コフスキーは思いだそうとしたが思い出せなかった。

 商人は自分が怪しまれているのには気が付かないらしく、「失礼ですが貴方はパリの人でしょうね。」と問いかける声さえも始めてとは思えなかった。コフスキーは大胆にも、「はい、すぐここの側に住んでおります。主人に聞けば好く私の事を知っています。それで貴方は?」「はい、私はチュウリンの生糸商人で、年に二度はパリに来ています。今回も一月前に来まして、実はもう帰る日限は過ぎているのですが、バイシンの処刑を見るため、わざわざ逗留(とうりゅう)しているのです。」と何も隠す様子もなく話したのを聞いても、コフスキーは誰なのか思い出せなかった。

 その中に主人が二、三瓶の酒と二つのコップを持って来て、これなら貴方がたの口にきっと合うでしょう、と言いながらテイブルの上に置いて去ったので、その客はこれを二つのコップに注ぎ、一つをコフスキーに差しだし、自分も残る一つを飲みながら、「おお、なかなか飲み口のよい酒です。さあ、一つ召し上がれ」と言う。コフスキーも拒否するほどの事でもないと思い、半分ばかり飲み干して、「なるほど、口当りのよい酒です。」と答えそのままテーブルの上に置くと、この時その客は大きな金時計を取り出し、「おお、早くも四時を十分ばかり過ぎました。もうバイシンが引き立てられて来る時刻でしょう。」

 コフスキーも気にかかったので、「そうですね。」と言いながら窓から首を出してバイシンの来るべき方角をながめていると、その隙にあの客はポケットから小さい薬瓶を出して、コフスキーのコップに二、三滴たらしこみ、知らぬ顔でその小瓶をポケットにしまい込んだ。その手際の良さはスリもうらやむほどで、さすがのコフスキーも少しも気が付かなかった。

つづきはここから



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