巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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悪党紳士   (明進堂刊より)(転載禁止)

ボアゴベ作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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悪党紳士        涙香小史 訳

               第五回

 お蓮を呼び止めたのは何者だ。驚いて振り返ると、彼の怪しい婦人が宿って居た、林屋の女主お民である。お民は四辺(あたり)を見廻して、様子有りげに声を潜め、
 「ネエ、お蓮さん、お前に相談が有るのだよ。今日はお前の家まで行く積りで有ったのだが、此所(ここ)で逢ったのは幸だ。此れから帰りに、私の家まで寄ってお呉れな。」

 お蓮は、我が身の周辺(まわり)に、曲者の手下が付き纏(まと)っている事なので、迂闊(うかつ)には返事も成らず、言葉を濁して、
 「寄っても好いけれど、今日は少し。」
 (民)用事が有ると言うのかえ。何手間は取らないよ。一寸お前に聞く事が有るのだから。

 聞かれる事は分から無いが、何(いず)れにしろ彼の怪しい婦人に係合(かかりあい)の有る事には相違無いので、此所(ここ)で問答するのは、益々危いと早くも心を定め、
 (蓮)爾(そう)サネ。こうして居る中に、お前の家へ行くのは雑作も無い。手間の取れ無い事なら一緒に行こう。
 (民)アア、来てお呉れ。幸い私の馬車が、この外に待って居るから。

 此の言葉に従って、お蓮は共に馬車に乗り、一鞭で林屋に着いたので、降り立って後ろを見ると、誰も我が後を踪(つ)けて来る者も無い様なので、漸(ようや)く安心して家に入り、頓(やが)てお民の居間に通ると、

 (民)私はネ、今日アの縦覧所の書記局へ呼び出されて、色んな事を問われたけれど、アの婦人には唯座敷を貸しただけで、身許(みもと)も何も知らないから、大層迷惑したよ。お前、アの婦人を知ってお在(いで)か。
 知って居ると答えては、後に曲者に探り知られ、如何なる目に逢うかも知ら無いので、

 (蓮)イイエ、初めて芝居で見た時には、若しや私の知って居る方では無いかと思ったから、此家(ここ)まで来て、覗いて見たが、何だか違う様で有ったから、直ぐに帰ったノさ。
 お民は案に相違した様に、
 「オヤ、違うのかえ、違うのならお前、縦覧所へ何しに行った。」

 (蓮)ナニサ、縦覧所へ、爾(そう)さ、アノ私はネ、爾々(そうそう)、アの夜覗いていて、何だか違って居る様な気がしたから、念の為に今日はその死骸を見に行ったのサ。今日見ると全く別の人だよ。
 (民)オヤ、爾(そう)、お前の知った人で無かったのか。それは爾(そう)とお前、先夜は私の知らない間に、何時の間にか帰って仕舞ったね。何時頃に帰ったエ。
と聞いて来た。

 お民には疑う心は無いが、問われるお蓮は、傷持つ身なので、何と無く底気味悪く、返事するにも一々我が言葉の目方を掛け、罪の軽い言葉を選り出しながら、
 (蓮)ナニ、彼の夜は、十分間ばかり覗いて直ぐに帰ったの。その時丁度お前の所に、大勢お客が有る様だったから、黙って帰ったのさ。

 (民)お前の覗(のぞ)いた時、婦人は何(ど)うして居たエ。
 (蓮)アノ寝て居たの。イヤサ、初めは彼(あ)の穴から横向きに据(す)わって居たが、頓(やが)て衣類(きもの)を着換えて、寝て仕舞ったから、もう駄目だと思って帰ったノサ。

 お民は暫(しば)らく不審相(いぶかしそう)に考えて、
 「それにしては、何(ど)うも合点の行かない事が有る。昨日の朝、下女のお竹が、驚いて知らせて来たから、私は彼(あ)の室へ飛んで行ったら、婦人は寝た儘(まま)で死んで居て、彼(あ)の覗く穴へは、紙を張って塞(ふさ)いで有ったよ。お前の見ている中に寝たのなら、婦人が紙を張る筈は無いが、誰か夜中に婦人の室へ入ったのだろうか。

 お蓮は曲者がその穴を塞(ふさ)いだことを知っていたが、故(わざ)と失心(とぼけ)て、
 「それでは婦人が夜中に起きて張ったのだろう。」
 (民)イエ爾(そう)では無いよ。詳しく此の家の事を知った者で無ければ、彼所(あすこ)に穴の有る事は、知ら無いモノ。私の考えでは、若しかしたら、夜中に誰か忍び込んで、アの穴を塞ぎ、その中で婦人を殺したのでは無いかと思うワ。

 お蓮は此の疑いを機(しほ)に、恐々(こわごわ)ながら言葉を開き、
 「アの死骸を見て、医者や探偵は何と云ったエ。」
 (民)それがサ、私が警察へ届けると、直ぐ様巡査と探偵が来て、
 「是は誰かが殺した者に違い無い。」
と言って、私と下女お竹を、拘引しそうな剣幕で有ったのだが、丁度その所へ医者が来て、
 「是は殺された者では無い。独り寿命の尽きた者だ。」
と言ったから、好い塩梅(あんばい)に助かったの。それから後で考えると、アの紙を張って有るのが怪しいから、若しお前の覗いた時に、誰か怪しい者が、座敷に居やアしなかったかと思ってサ。

 (蓮)イイエ、誰も居無かったよ。
と口には何気なく言い切ったが、まだ寝台の事が気に掛かったので、
 「お前、アの寝台は何うする積りだえ。」
 (民)汚らわしいから、売って仕舞おうと思って。だがネ、彼(あ)れは私の品では無いし、初め此の間を借りに来た、家令の様な人が、取りに来ない者でも無いから、暫(しばら)くは、彼(あ)の儘(まま)で置かなければ。

 お蓮はこう聞いて、若しその儘(まま)置けば、再び人を痛める事も有るだろうと、心の中は穏やかでは無かったが、それと打ち明ける事も出来ないので、
 「爾(そう)サ、取りに来るまで物置の隅へでも大事に仕舞って置くが好いネエ。若し彼(あ)れを使って、汚しでも仕ては、返す時に面倒かも知れないよ。」

 (民)アア爾(そう)でも仕よう。
と言い掛けて、一際言葉を低くし、
 (民)だがネ、お蓮さん。寝台よりも、もっと気に掛る事が有るのよ。お前だから打ち明けて相談するがネ、実は。
と言って又も益々声を下げ、

 (民)昨日の朝、アの寝台の傍に立派な写真挿(しゃしんばさ)みが有ってサ、それをお竹が私の所へ持って来たの。見ると純金の枠で周囲(ぐるり)に金剛石(ダイヤモンド)が嵌まって居てネ、中には小さい女の児の写真が有るのサ。何でも婦人が肌身放さず持って居た者と見える。それを私が手に取って、何の気も無く自分の衣嚢(かくし)の中へ周章(あわてて)隠したが、隠して見ると出すのが恐ろしく、若し出しては、我が身を疑われはしないかと思って、マゴマゴして居る中、トウトウ出し遅れて、今まで隠して有るけれど、それが気に成って、一刻も安心出来ないから、お前預かって、隠して居てお呉れで無いか。

 お蓮は先の夜、彼の婦人が、純金と金剛石(ダイヤモンド)の輝いた、写真挿みを持っているのを見て、其の中に誰の写真を入れて有るのだろうと、怪しんだ程なので、今此の言葉を聞いて、騒ぐ胸を何気なく押し鎮(しず)め、
 「爾(そう)サ、私が預かって居れば、幾等探偵でも、私まで疑う筈は無いから、お前が困るなら、預かって上げても好いよ。」

 お民は四辺(あたり)に気を付けて、恐々(こわごわ)ながら取り出し、
 「コレ、ご覧ナ、立派だ事。」
と差し出すのを、お蓮は受け取り、中にある写真を一目見て、忽ち顔の色を変えた。それは最もな事だ、この写真こそ、お連がお民にすらも隠してある、我が最愛(いとおし)の娘、お仙の姿である。お仙が四歳の時に写した者で、今のお仙とは全く変っているが、その幼顔は見違え様も無い。

 小史氏曰く、お蓮及びその愛児(むすめ)お仙、並びに殺された彼の婦人等の素性、今まで少しも記していないので、読む人は、異様な思いをした人も、多いだろうと思われるが、今一、二回の中には、詳しく分かるので、暫(しばら)くの所、気長くご覧を願いたい。


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