巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

gankutu140

巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2011. 5.4

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

百四十、「尚々書(なおなおがき)」

 巌窟島(いわやじま)伯爵;「しかし貴方は暮内法師から私に宛てた添書をお持ちのはずですが。」
 侯爵皮春博人は待ち受けていたように、「ハイ、添書は持っています。これです。」と言ってポケットの中から取り出して差し出した。

 伯爵は封を切って読み始めた。侯爵の方はこの添書に何を書いてあるのか一句でも聞き落としては成らないと言うように、何気ない風ながら実は熱心に耳を傾けた。伯爵もまた一句も聞き落とさせないように勉めるように、はっきりした声でゆっくりと、「拝啓、この書持参の紳士は前便申し上げ候(そうろう)の皮春侯爵にして、一年五十万円の所得有る方に候(そうろう)。」

 侯爵は驚かない振りで実は驚き、「エ、私の所得が年に五十万円、大変な金額ですが。」
 伯爵;「ハイ、これくらいの所得がなくてはパリの社交界では十分な信用を博すことは出来ません。私が貴方ならば五十万円のものはかえって百万円も有る様に言いふらします。」
 侯爵;「それでも」
 伯爵;「イヤ、貴方は旧家だけに、実際の所得よりもかえって少なく言い触れさせているのでしょう。」

 侯爵;「イイエ、実際の所得がーーー」
 伯爵;「一年に五十万円に足りないとお思いなさるのは、それは貴方が家令、家扶に管理させて御自分でよく知らないからそう思うのです。この暮内法師はなかなか緻密な気質で、数字など間違えることは無いのですから、法師が五十万と書いてあればきっと五十万は有るのです。」

 侯爵は不安な顔をして、「そうでしょうか。」
 伯爵;「そうですとも、たとえそうでなくても、貴方は人にそう思わせておくほうが得策では有りませんか。少なく思わせて倹約ばかりするというイタリア風はこの国でははやりませんから。」
 侯爵はようやく決心らしい心が出たと見え、「それもそうです。」

 更に伯爵は手紙に向かい、「かって陸軍大佐としてアフリカへ出征したことはお聞き及びの通りに候。」
 侯爵;「オオ、陸軍大佐、私が」
 伯爵;「ハイ、貴方のアフリカ戦争の頃の位置がこの国で言えば丁度陸軍大佐に当たるのです。貴方はこの国で宴会に招かれる節は、なるべく軍服をお着けになさるのが好いでしょう。ただの貴族よりも軍職を帯びた人がどうしても余計に尊敬されますから。」

 侯爵はまた恐る恐る「でも私は軍服など持たずに来ましたが。」 伯爵;「ナニお宿さえ決まれば必ず家扶が、そのようなものを送りましょう。」
 侯爵;「宿もまだ決まりませんが。」
 伯爵は聞き流して又手紙を読んだ。

 「このたびは兼ねて露国へ漫遊の途次、フランスに立ち寄られ候ゆえ、パリ滞在中はなにとぞ社交場にもご案内くだされ候よう願いたく候。しかし侯爵がパリ立ち寄りの主な目的はかねて申し上げ候子息永太郎君との再会に之あり候事、勿論の儀に候ヘば特にこのことは手厚くお取り計らいくだされたく候匆々頓首」と読み終えた。

 侯爵は少し物足りない心地である。それはきっと約束の五万円の件が書き入れてないためだろう。「アア、それだけですか。外に何事も有りませんか。」
 伯爵は更に手紙を見直して、「オヤ、本文の後にまだ尚々書(なおなおがき)が付いています。私は見落としていましたよ。」   「尚々、公爵はほとんど忍びの状態で当地を立ち出でられ候儀なれば、ロシアに到着し取引き銀行より受け取られるまでは旅費も定めて欠乏の事と存じ候(そうろう)。」

 何のことだ、暮内法師は、皮春侯爵とも言われる者が旅費に困ることでもあるかのようにこのような事を書き添えて。」
 侯爵は少し極まり悪そうに頭を掻いて、「イヤ、実はその通りですよ。」
 伯爵;「その通りでも貴方の名をもってすれば幾らでも融通が出来るでは有りませんか。」
 侯爵;「ところがこの国には少しも知人が居りませんので、イヤ、露国まで行けばどうでも都合が付きますけれど。」と、どうやら言う事が本当の侯爵のようになって来かけた。

 「ナニ、貴方の方では知人が無くても、金を貸すほうで皮春家の大身代を聞き及んでいますから、金銭などの事は心配ありません。」と伯爵は事も無げに言って、又読み続けるように、「付いてはフランス滞在中の費用は伯爵閣下において、しかるべくお立替下されたく、差し当たり5万円も有れば侯爵の当座の費用は弁ぜられるべくと存じられ候。」成るほど、それくらいで足りますか。」

 侯爵;「ハイ、五万円も有れば先ず足りるでしょう。」初めから見ると余ほど大胆になった。
 伯爵;「尚、その上に及ぼうとも決して侯爵に金銭上のご不自由をかけざるよう取り計らいくだされたく候、 再拝」
 余計な尚々書では有りませんか。これがなくても」
 侯爵;「イヤ、これが無ければ全く私が困るところです。これから宿を決めるのにも、或いは又多少はパリを見物するにも」

 伯爵;「では失礼ですが、一万円だけは今夜私が差し上げて置きましょう。後の4万円は明日にも段倉銀行からお受け取りください。それが尽きれば又私が段倉銀行に五万円あて何度でも振り込んで置きますから。」
 侯爵は案外謙遜である。「ナニ、倹約に慣れた私ですから、そう何回にも及びませんが兎に角今夜一万円だけは、お言葉に甘えて頂いて置きましょう。一万円だけは。」と重ねて念を押した。

第百四十終わり
次(百四十一)

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