巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

gankutu170

巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2011. 6.3

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

百七十、「肝心の記憶の筋」

 これより蛭峰の問いだす言葉に柳田卿は非常に無遠慮に答え始めたが、その答えは全て上っ面のことばかりであった。しかも大体において暮内法師の言葉と大した違いはなかった。
 巌窟島伯爵がマルタ港の造船者の子であることから、船に乗って多く東方の諸国を巡回し、後に鉱山を発見したことなども同じである。ただ法師の方はその鉱山が何処かということを知らなかったが柳田卿の方は明らかにそれを指した。

 ギリシャのセサリーにある金鉱で、伯爵がその国王に何か忠勤尽くしたためその採掘を許されたのだということである。成るほどセサリーに意外な金脈が見つかったということは何年か前に蛭峰も聞き及んだところである。最後に蛭峰は卿と伯爵とどうして知り合いになったのか聞いたら、それは卿がインドで英国の兵の一部を指揮していた頃、その軍へ伯爵が品物を売り込む許可を願い出た為であると言って、その頃の伯爵がただ単に一個の冒険者であった様子など誹謗しながら語り、更に転じてその後英国で会ったこと、又それより後はしばしば卿の遊山船(ゆさんぶね)《レジャー用豪華ヨット》と伯爵の遊山船が地中海で会うことがあるのに、その度ごとに伯爵の船が無礼に卿の船を追い抜いて行くことなどを語り、非常に悔しそうに、「ナアニ、私は造船者の息子では有りませんから、どうせ船の水滑りの好いように作ることは船大工の息子にはかないませんワ。」と嘲った。

 この様子で見ると兎に角作り話では無いと蛭峰は思った。しかしこれだけのところで、別に参考に成るような節は無い。と言ってこれ以上聞き出す事も無いから蛭峰が別れを告げようとすると、卿は更に誇るように、「この様なわけですから私はいつも彼の身に探偵を付けて有ります。彼がオーチウルの別荘を買ったことなども誰よりも早く知り、その公証人の名まで知っています。何しろ彼は山師(やまし)《詐欺師》ですから何時何時法律に触れるような事をするか分りません。その時には直ぐに警視庁に知らせてあげます。」と非常な乗り気を示して言った。

 蛭峰は兎に角、思っても居ない手助けを得たというような思いで、「ハイ、どうかその節は警視総監宛で親展書にしたためてお出しください。」
 卿;「その代わりどうか貴方の方でも何か彼のことについて、私に知らせてもさし使い無いような事があったらその都度ここへ来てお知らせください。」

 蛭峰は口先ばかりのつもりでなく、「ハイ、自分で来るか、或いは親展書でお知らせ申しましょう。」これで分かれた。早や夜の十一時であった。
 勿論この長い面会の間に柳田卿一言もフランス語を使わなかったが、もし用いたならば、或いはその言葉の癖に、巌窟島伯爵と良く似ていると蛭峰に思われるところが有ったかもしれない。

 夜更けて家に帰ったけれど、蛭峰は寝もしないで朝まであの沢山な書類を調べていた。翌朝も出勤の時間まで書斎を出なかった。出勤して後は何時ものように公務を執行し、終わって警視総監の邸へ立ち寄った。そうして午後の五時頃に家に帰った。帰ると又書斎に閉じ籠もった。
 こうまで彼が綿密にかつ熱心に過ぎ越し方を調べているとは巌窟島伯爵も知らないであろう。

 この日は丁度子爵野西次郎の屋敷でかの伯爵の土曜日の晩餐会に因んだパーティーが催される当日である。勿論蛭峰は妻と共に案内を受けている。けれど、彼はその事をも忘れた様子で、夜に入ってもまだ取り調べている。その進み方も中々早い。今は早や順を付けて積み重ねた書類の中から、人の名前を書き抜いている。それも既に罫紙へ二十枚ほどは書いてしまったが、余り魂を詰めたため、少しは気がくじけたのか。静かに机から頭を上げて独り言を言った。

 「アアもう少しで、俺が検事補で有った時代だけが終わる。次は検事の時代に移るのだ。」と言って、今写した最初の名前を見た。それは「団友太郎」と書いてある。丁度このところへ彼の妻が静かに入って来た。「オヤ、貴方はまだお調べ物ですか。もうそろそろお支度を為されなければ、遅れますがーーー」彼は理解が出来ないように、
 「遅れるとは何が。」
 妻;「アレ子爵野西家のパーティーを貴方はお忘れですか。」
 蛭峰;「オオ、そうだった。けれど私は調べ物のため今夜は行かれない。」
 妻;「行くとの返事を送ってありますのに、それに巌窟島伯爵も必ずお出ででしょうから。先夜の晩餐会のお礼も貴方から言っていただかなければ」

 彼は「オオ巌窟島伯爵か。」と言ってなおも紙の上の名前を眺めながら、「急に頭痛がするから来られないことになったと、どうかそなたが一人で行って、しかるべく断ってくれ。もう少しで調べ物が一段落がつくところだから、手が離せない。今気を抜くと肝心の記憶の筋が途切れるから。」
 とうとう妻一人で野西家のパーティーには行く事になった。

第百七十 終わり
次(百七十一)

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