巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

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巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

五十三、時が来た

 鏡に写った友太郎の顔かたちは、どの様だろう。牢へ入る前に比べてどうだろう。十九の年から三十三歳まで、満十四年を土牢の中に暮らせば、決して顔付きが代わらずに出て来ることは出来ない。

 入牢前の彼は、少しも人情の陰険なことを知らず、苦しみを知らず、悪事を知らない、私欲から離れた清らかで、純粋無垢な、玉のような少年であった。顔も豊かに太って丸く穏やかで、そして腹の中が全てその顔に現れると言うようで、誰でもこれに向かって心が解けずには居られないような人相であった。

 今は全く違っている。丸かった顔が長くなり、そして少しも角がなかった頬に少し頬骨が現れている。そして目の縁も、元の平らだったのとは違い、眉の下からくぼんで目が落ち込んだように見える。これらは痩せたためでもあるだろうが、痩せたためばかりではない。苦しみのためである。長い間の難行苦行のためである。口元などもひどく締まって、何処と無く「決心」と言うものが現れている。

 友太郎自身はそうも感じないけれど、顔全体に美しさの代わりに凄味(すごみ)が現れている。それも悪人の凄味ではない。どうかすると高僧などの顔にあるような気高い凄味である。この顔に長く見つめられていると、誰でも目を伏せないわけには行かない。

 また体も全体に変わっている。入牢前はまだ十分に発達しない少年の姿勢が残っていたが、今は実の入るところは十分に実が入り、真に立派になって居る。どちらかと言えば痩せ型の方ではあるけれど、痩せたなりに力が満ちて、筋金の入ったように見える。

 真にこれが男盛りというものではないだろうか。何物を相手にしても、又何事を引き受けても、確実に実行して行く事が出来そうである。十四年の月日は無駄に過ごしたけれど、天から与えられた体は少しも損害を受けていないのである。通常の順序通りに発達して来たのである。

 友太郎は鏡を見終わって、心のうちで微笑んだ。実に変われば変わるものだ。誰が見ても今の自分を、昔の団友太郎と思うものか。 たとえ我が父であっても、雇い主の森江氏であっても見間違えるに違いない。許婚であったお露にしても、イヤ、お露のことはまあ言わないで置こう。

 髪は刈り、髭は剃り、そして先ほど買った新しい水兵の服を着て、外に出ると、天にも、地にも自由の気が満ち満ちているように感じられる。全体、人間自由の楽しさと言う事は、一度牢に入った事の有る人でなければ。本当に味わう事は出来ない。何も楽しみに道具立てが要るものではない。

 天が高いことが既に嬉しい。地の広いのが既に喜ばしい。何よりも自分の体が何処へでも思った通りに歩んで行けるのが、真にこれほど楽しいことはない。行きたければ行き、止まりたければ止まる。天に舞う鳥、淵に戯れる魚でも、この自由と言うより上の楽しみは持っていない。

 身も軽く心も軽く、仙人になって空を飛ぶ思いで船に帰った。船長も水夫も髭ぼうぼうの状態で拾い上げた怪物のような男が、こう立派になろうとは思わなかったので、誰もが姿形を見ただけで尊敬の念を生じた。確かに友太郎は、これを水夫の中に置けば神ともあがめられるべきほどの気高いところがあるのである。

 船長は様々な事を聞いた。何歳の時から、何と言う船に乗り、何処を航海して、給料はどれ位貰(もら)っていたのかなどと。これに対して、友太郎は、なるたけ最もらしく答えた。船長の望みは少なくても一年はこの船に勤めてくれと言うのであった。けれど一年は勤められない。三か月ということで承諾した。

 勿論長くこの船に潜んでいられるわけではない。
第一にはモント・クリストの島に行き、巌窟(いわや)の中の宝を取り出さなければならない。第二にはその宝で、憎い人、恋しい人をも訪ね、それぞれ思い定めて居る応報に着手しなければならない。

 目には目を報いよ。恩には恩、恨みには恨みを返せ、これが自分の生涯の仕事である。神が司ると言う因果応報を、自分の手で与えるのだ。生涯を使ってもまだ足りないのを恐れるほどだから、無駄に月日を過ごす事はできない。

 三ヶ月のうちには、幾らか給料も溜まるだろう、幾ら宝が巌窟(いわや)の中に転がっているにしても、素手で取り出すことは出来ない。取り出すには道具が要る。旅費も要る。簡単に言えば、それだけの資本が要るのだ。何しろこの船での奉公で、その資本を作るのに丁度都合が好いのだ。

 考えが全て決まって、これからこの船で地中海の色々な地方の沿岸を航海した。目的としているモント・クリストの島の付近をも何度と無く航海した。島の様子は今も昔も変わりは無い。相変わらず岩を畳み上げたようになっており、相変わらず海面から急にそそり立ち、そうして相変わらず無人の島となっている。

 昔ここに隠した宝ならば、今もそのまま存在していなければならない。この付近を通るたびに友太郎は胸が躍るような気がした。梁谷法師のことをも思い出し、自分が自由を得た有り難さをも思い返した。けれど、肝心なこの島にどうして近づくかと言う方法が思いつかない。

 誰にも疑われないように上陸しなければならないのだからと、人知れずあれこれと心配するうち、早や船長との約束の三月の月日も残り少なくなったが、良い時には都合の好い事ばかりが続くものである。

 地中海に浮んでいる何艘かの密輸船がどこか無人島に集まって、獲物分配の会議を開くと言う時が来た。
 そうしてその場所、その無人島はモント・クリスト島と決まった。

第五十三回終わり
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