巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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白髪鬼

マリー・コレリ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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白髪鬼

             (三十七)

 このようにしているところに、従僕(しもべ)が来て、食事の用意ができたことを告げたので、私は星子と別れなければならないことになった。更にナイナも

 「さあ伯爵、食堂へご案内いたしましょう。」と言いながら、斜に星子をにらみ「早く立ち去れ」との素振りを見せたので、星子もその心を悟ったと見えて、のこり惜しそうに私の膝から離れた。

 私は小さな声で「これからは時々来て抱いて上げますよ。」と言うと、星子はうれしそうにうなずきながら、従僕に連れられて立ち去った。

 私は後々星子を我が養女としてもらい受ける事にしようかという気持ちがあるので、まず、その下準備に非常に星子の容姿を褒めると、ナイナもギドウも星子が褒められるのを嫌う様子であることは、その目の色から明らかだった。

 やがて食堂に入っていくとナイナは私を上席に招き、
 「貴方は当家の先代の知人ですから、どうぞ主人の席におつきください。」と言って、ハピョが昔座っていた所に私を座らせ、自分は私の妻のように私の右に座り、ギドウを一通りの客のように私の左に着席させた。

 この他に、もう一人、これは長年私ハピョに仕えた従者で、年は五十くらいになる老僕、名前は皺薦(しわこも)と呼ばれる者で、酌のために来ていて、ちょうど私の真後ろに立っていた。

 これらの様子は、私が死ぬ前から変わらず、私はそのころの幸福を今更のように思い出し、実際はサングラスをはずし、むき出しのハピョそのままになり、昔のようにうち解けて食事をしたいのは山々だが、今はそんな贅沢が言える時ではない。

 非常に丁寧に作法を守り、身を崩さずに控えていると、老僕皺薦は私の後ろ姿見て非常に怪しむように、その手をさしのべて私のコップに酒を注ぐたびに、不審そうに私の横顔を盗み見ようとする。

 私はそれがうるさかったが素知らぬ顔で目を向かいの壁に注いでいると、この時深く目に留まったのは壁に掛けてあった私の父の肖像だった。

 これは今から何年か前私がわざわざこの場所に掛けさせたもので、姦夫姦婦が今なおこれを取り外さないのは、ほとんど不思議と言う外はない。

 私は眺めるに従って懐かしい父の顔、生きて動く様な気持ちになった。又思えばその厳かな目は私が不義不徳な男女を引き入れて、ロウマナイ家を汚したばかりか、自分の身まで滅ぼそうとする私の罪を叱っているように見えた。

 私はほとんど身にしみて心に深く感じることに耐えられなかった。しばらく全てを忘れて眺めていると、ギドウはこの様子を怪しんでか、

 「伯爵、あの絵姿がお目に留まりましたか。」と言う。
 私はたちまち我に帰り
 「留まりますとも、親友の肖像ですもの。ハピョもきっとあの父に似ていたのでしょうね。」と言うと、

 「そうですね、だいたいは似ていましたが、勿論、父親からするとよほど人物が劣っていました。」
 私は少し癪に障り

 「それはそうでしょう、ハピョの父はほとんどこの国の第一の人物で、カブールを知り、ガリバルチを知る者は皆ロウマナイ将軍の勲功を知っているほどですから。」

 「しかし、ハピョだって、幼い時の様子ではなかなか見所のある男でしたが。」と言うと、ギドウがまだ返事をしないうちに、老僕が背後で意味ありげに咳払いをした。

 この咳払いは彼の癖で、何かものが言いたいと思うときにその合図に発するのだ。私は勿論これを知っており、ナイナも又知っている。ナイナは彼が口出しをするのを嫌うようにその眉をひそめたが、私は頓着もせず彼に向かって

 「おお、お前はきっとハピョ殿には長く使われその気質も知っているだろうが、」と言い掛けると、皺薦は今こそと思うらしく、私の言葉が終わらない内に口を開き、「知っていますとも、十年以上恩恵を受けていましたので。」

 「しかし、私がこの家に来た頃は、まだお前は雇われて居なかったとみえる。お前の顔は見覚えが無いように思うが。」

 「はい、そうでしょうとも、私は大旦那様のお友達については少しも知りません。その代わり、若旦那様ハピョ様のことならば何でも知らないことはありません。」

 「まだお年もお若いのにあのように良くできた方は有りません。大旦那様に勝ろうとも、劣ったところは有りません。特に心の広い方で何事も大目に見ていらっしゃいましたから、」

「恩理知らずの人間は莫大な恩を受けながら、かえって、ハピョ様に済まないことをし、恩を仇で返すようなことも有りました。私ふぜいが口を出すわけにもゆかず、そばで見ていて、歯がゆいように思いました。」

 さてはこの者、私がハピョだった頃から早くも、ギドウとナイナの不義を知り、密かに歯ぎしりをしていたものと見える。この言葉にギドウもナイナも不興な様子だったが、私の問に答えるのを押さえる事もできず、ただ眉をひそめるだけだった。

 皺薦は更に続けて
 「まあ、あのような良い方がどうしてお亡くなりになられたのか、今思っても嘘のようです。私はほかの者にもそう言いますが、たとえ、本当に死んだとしても、その魂はこの世に留まり、必ず悪人に罰を与えます。」 

 「あのような方を欺いて良いものですか。私が何度もそのような事を言いますものですから、奥様からは時々お叱りを受けますが、今に罰が当たるのを知らない悪人らは私の言葉を何とも思いません。」

 それとあからさまには言わないが、二人の事を遠回しに私に訴え、胸の不平を漏らそうとするその心は明らかだった。一心同体と言う我が妻に不義の者あり、給金で雇われたしもべふぜいにかえってこの忠義を見る。世の中とはこのようなものなのか。

 彼は更にその硬骨を見せ、
 「はい、若旦那様がお亡くなりなされてからは、私など何時解雇されるか分かりません。」

 「何でも奥様の気に入ることを言い、長く給金を頂くのが身のためとは思いますが、それでも恩は恩、恨みは恨み、人間正直でなくてはならないとだけは心得ていますから。」

 と言ってますます言い続けようとするのを、ナイナはこれ以上捨ててはおけないと見たようで、きつい目で彼を見返り、

 「これ、お前はお客様の前で何を言う。お客様に失礼と言う事を知らないのか。」と叱りつけると、これには彼も恐れてただ深くため息をするだけで、再び前のように私の後ろに立ち、急に自分の職務を思い出したように一同のコップに酒を注いだ。

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