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黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

hakuhatu95

白髪鬼

マリー・コレリ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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2010.3.12

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マリー・コレリ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

白髪鬼

             (九十五)

 猫がねずみを貪り喰う前に、先ず翻弄(ほんろう)を一番にするように、ナイナが私をもてあそんだように、私もナイナを殺す前に彼女をもてあそんで、何の差し支えがあるだろう。私は馬車の中でナイナと並び彼女の手を取り彼女の首を抱き、彼女が全く私の手の内のものなのを見て、ねずみを捕った猫よりも、もっと冷酷な喜びが我が胸に満ちるのを感じた。

 この夜は、夕方のうちから空が曇り、雨は降らなかったが、風が少し強く吹いていた。馬車がネープル(ナポリ)の町を離れた頃から風がいよいよ強く吹き出し、行き交う人が全く絶え、走るのはただ風に追われる雲の足だけだった。月も見え隠れに私の馬車に従うのは、前後に類無い私の復讐を照らそうとしているのか。

 やがて、先に名指した、グァルダの別荘が、茂った木の間から見える所に到り、御者はその台を降り、横の窓から私に向かって、「旦那、あの別荘の門まで行きましょうか。」と聞く。

 「なに、それには及ばない、ここで下ろしてくれ。先はもうわずかだから、歩く方がかえって便利だ。」と答え、ナイナが文句を言う前に私はひらりと馬車を降り、手早く賃金を払い、「お前はここで待つよりも町に帰って外の仕事をした方が良いだろう。」と言うと、

 「はい、今夜は笹田伯爵の婚礼ですからあの家の近辺に行っていれば、また、このような安くない仕事が二組や三組は有ります。できることなら、これでおいとまにしていただきましょう。」

 この言葉で察するには、彼は勿論、私が笹田伯爵その人だとは露ほどにも疑わないだけでなく、夜会に紛れて日頃思う女を連れだし、人のいないところに忍んで行って、自分の楽しみを尽くす、放蕩紳士の一人と見なしたのに違いない。ただ、ネープル(ナポリ)だけでなく、この類のたわけた男女は、どこの夜会にも、何組もあるからだ。私も勿論彼にこのように思われるのは都合が良いので、「笹田という奴は面が憎いほどの金持ちだ。どうにかあやかりたものだ。」と言って笑うと、

 「いや、旦那こそ幸せ者です。私などは、伯爵よりもこうしてちょっと粋なことをする旦那にあやかりたいものです。」とお世辞を言うのは、馬車賃の釣り銭を出したくないと思う時のとっておきの機転なのだろう。

 私は「つりは要らないよ。」と言い、ナイナを馬車から助け降ろすと、ナイナはこの時早くもすでにきしって走り出そうとする馬車の背後に心細そうに見やりながら、「ねえ、待たせておく方が安心ではありませんか。」と言った。

 「なに、どのようなことから他人に悟られないとも限らないから、帰りは、外の馬車で外の道を行った方が良い。」と答えながら、つい、急いでその手を取り、足早に歩き出した。
 ナイナは、世に言う虫の知らせで、早くも不安の思いが生じたのか、わずかにその身を震わせながら、今までのうれしそうな声に引き替え、訴えるような口調で、

 「まだ、ここから遠いのですか。」
 「いやなに、三分も歩けば良いのだ。おや、貴方は少し震えているようだが、寒いのですか。」
 「はい、何だか」
 「いや、寒ければしっかり私に寄り添っているのが良い。」と言い、逃げようとしても逃がさないように、私はほとんど抱きすくめて引いて行くと、なにしろ昼でもものすごい墓場の間近で、全体の景色も何となく陰気なので、恐ろしいのも無理はない。

 このようにして、いくらか歩いた頃、折悪く、吹く風に雲が払われ月の光は荒涼とした墓場の入り口を照らし出したので、ナイナはたちまち足を止め、前よりもっと強く震える声で、「おや、ここはどこですか。余りに気味の悪いところですが。」
 聞くのも道理なはず、彼女は今までこの墓場に来たことが無く、ただ人の話だけで聞いて、恐ろしいところだと思っていたところなのだ。

 「このような所に隠して有ればこそ宝物も無難と言うもの。けれどもなに別に気味の悪いことはないです。」と言い聞かす私の声もなぜか早くも日頃の調子と違い、私の耳にすら、よそよそしく他人の声かと聞こえた。今、彼女に悟られては、事ははなはだ面倒になるので、とにかく墓倉の中までは連れ込まなくてはいけないと思い、私は彼女の腰の周りをしっかと抱きしめ、

 「さあ、行こう、さあ」と言い、なるべく親切らしい声を出したが、心の奥の底からして既に我が事なりぬと思い、彼女を一飲みに飲み込んだものなので、人を嘲(あざけ)る猿の声にも似ていると言うべきほどで、自分ながら薄気味悪かった。

 「何も一人では有るまいし、さあ、私が一緒ではないですか。少しも恐れることは有りません、さあ行こう、さあ、」
 ほとんど抱きすくめられての事なので、彼女は何の力もなく、特に心ははや身に伴わず、上下の歯がかちかちと震い鳴って、彼女は「いや」と言う声さえ出すことができなかった。

 私はここに至ってもはや、ハピョではなく、笹田折葉でもなく、復讐に飢えた悪魔なのだ。ひたすらに彼女を引きずり、ただ前の方、前の方にと、霜に濡れた枯れ草を踏み、倒れた古い石塔をまたぎ、前の方、前の方、あの恐るべき墓倉の戸口に達するまでわき目もふらず、前の方、彼女ナイナが当然の天罰を被るべき前の方まで猶予もなく容赦もなかった。

 彼女の腰に巻く私の手先は悪魔の繋(つな)ぐ鎖より強く、もがいてもゆるみはしなかった。



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